康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 903 ページ)
【未集上】【竹部】籍;康煕筆画:20;頁碼:903 頁 09 行。『広韻』『集韻』『韻会』秦昔切、『正韻』前歴切、音は踖に同じ。『玉篇』に「書籍」とあり。『尚書・序疏』に「籍とは借の義なり。これらの書を借りて政事を記録するがゆえに籍という」とある。『左伝・昭公十五年』に「周王が籍談に謂って曰く、昔なんじの高祖は晋の典籍を掌れり」とあり。また戸籍を指す。『史記・蕭何世家』に「高祖関中に入るや、蕭何独り先に丞相府に至り、図籍を収む。これにより天下の戸口と険要の関塞を詳らかに知り得たり」とある。また尺籍を指し、軍令を書録するに用いる。また門籍を指す。宮門に名冊を置き、出入りを査験するなり。『前漢書・元帝紀』に「従官にして宮司馬門中に供職する者は、父母兄弟のために通籍することを許す」と命ず。註に「籍とは長さ一尺二寸の竹簡にして、その年齢・姓名・容貌の特徴を記し、宮中に懸けて照合し、相符すればじめて入ることを得しむ」とある。また租籍を指す。『管子・国蓄篇』に「租籍とは強いて求める所以なり」とあり。註に「工商業に対して徴収するところを租籍という」とある。また籍田を指す。『礼記・祭義』に「天子の籍田は千畝、諸侯の籍田は百畝」とあり。『詩疏』に「籍とは借の義なり。民力を借りて耕す故に籍田という」とある。『五経要義』に「天子籍田を耕して上帝に祀る穀物を供す。これは百姓に先んじて孝を行い祭品を奉献するなり。籍とは践の義なり。自ら田に下りて耕すをいう」とある。また籍籍とし、人声雑沓たるさまを形容す。『前漢書・江都易王伝』に「国内議論籍籍たり」とあり。また狼籍を指す。『史記・蒙恬伝』に「この四君みな大過あり、ゆえに名声諸侯に狼籍す」とあり。註に「悪名各国に散布せるをいう」とある。また姓なり。晋の籍談、漢の籍福など。また『正韻』に詞夜切、音は謝に同じ。『前漢書・義縦伝』に「政を処すること果敢厳酷にして、温和寛容を欠く」とあり。註に「包容するところなしという」とある。また地名を指す。『史記・秦本紀』に「秦霊公十年、籍姑城を築く」とあり。『括地志』に「籍姑は同州韓城県北三十五里に在り」とある。また葉して檣龠切。『左思・詠史詩』に「陳平産業なく、帰れば城辺の破屋を蔽う。司馬相如成都に帰り、家徒四壁いかに空しきや。この四賢豈偉ならずや、遺せる功業は輝きて史冊に在り」とある。考証:『管子・国蓄篇』「租籍者、强く求むる所以なり」。謹んで原文に照らし、「疆求」を「彊求」に改む。