康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 184 ページ)
【丑集上】【口部】咄;康煕筆画:8;頁碼:184 頁 07 行。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「当没切」、敦の入声。『説文』に「互いに呼びかけ、談話するの意」。『前漢書・李陵伝』に「立政曰く、嗚呼、少卿は誠に労し」とあり。また『広韻』に「呵り叱るの意」。『戦国策』に「大声で呵り責む」。『前漢書・東方朔伝』に「東方朔笑みて曰く、咄」とあり。注に「師古曰く、咄は呵りの声なり」と。また泉の名。『寰宇記』に「咄泉は浄戒寺の北に在り。人泉辺に至り、大声すれば泉大に湧き、小声すれば小に湧き、これを呵れば愈々甚だし」と。また『韻会』に「咄咄は驚怪の声を表す」。『後漢書・厳光伝』に「帝その臥す所に至り、光の腹を撫でて曰く、嗚呼子陵、我が国家を助けて治むべからずや」と。『晋書・殷浩伝』に「ただ終日空中に書して『咄咄怪事』の四字を書くのみ」と。また『増韻』に「咄嗟は嘆息の辞」。『晋書・石崇伝』に「かつて客のために豆粥を作り、俄かに成れり」と。また『正字通』に「或る人曰く、汾水・晋地の間にて、尊長左右を喚ぶに『咄』と曰えば、左右必ず応ず。司空図『休沐記』に此説を用う」と。また『前漢書・西域伝』に「郁立師国、王の治所は内咄谷に在り」。注に「咄、丁忽反と読む」と。また『集韻』『韻会』『正韻』に「都括切」、掇と同じ音。『玉篇』に「呵りの意」。また『前漢書・東方朔伝』注に「鄭展曰く、咄は豽裘の豽と同じ音」と。按ずるに、師古は鄧展の説を非とするも、鄧展に此音あり、今之を存す。また葉して都聿切。『蘇軾・香山賦』に「東坡をして吾が声を聞いて驚かしむること勿れ。謹んで香山を捧げ、仙人及び仏祖に稽首す」と。