【亥集中】【鳥部】鴟;康熙筆画:16;頁 1486。『広韻』処脂切、『集韻』『韻会』称脂切、音は摛に同じ。『説文』に「

なり」とあり。『玉篇』に「鳧の属」とある。鴟鴞は悪鳥にして、雛鳥を捕らえて食う者なり。また角鴟は一名を鵂鶹、一名を鵋䳢、一名を鵅という。『爾雅・釈鳥』に「鴟鴞は鸋鴂なり」とあり。また茅鴟あり。『釈鳥』に「狂は茅鴟なり」とあり。郭璞の注に「今の鵵鴟なり。鷹に似て白し」という。疏に「茅鴟は一名を狂という。『広雅』に云く、茅鴟は鳩なり」とある。また怪鴟あり。『釈鳥』の注に「すなわち鴟鵂なり」という。『広雅』に「今江東にて此の属を怪鳥と呼ぶ」とあり。『埤雅』に「怪鴟は一名を隻狐という。昼は見る所なく、夜すなわち飛びて蚊蟲を噉う。荘子の所謂、夜に蚤を撮りて毫末を察し、昼に出でて目を瞑ずれば丘山を見ず、とはこれなり」という。また梟鴟あり。『爾雅・釈鳥』郭璞の注に「土梟」とあり。また『山海経』に「南海蒼梧山に鴟久あり」という。注に「すなわち鴟旧なり」とある。また「三危山に鳥あり、状如〇〇、名づけて鴟と曰う」という。按ずるに此の鳥は疑わしく別種なるべし。また鴟夷は革囊なり。『史記・伍子胥伝』に「鴟夷革を以て盛る」とあり。注に「馬革を取りて榼の形と為すなり」という。また『揚雄・酒箴』に「自ら用いること此のごとくんば、鴟夷に如かず」とあり。顔師古の云く「酒を盛る者なり」という。また蹲鴟は芋なり。『史記・貨殖伝』に「汶山下に蹲鴟あり」とあり。『華陽国志』に「汶山の大芋は蹲鴟のごとし」という。また『茅鴟』は逸詩の篇名なり。『左伝・襄公二十八年』に「慶封来奔す、穆子工をして之に誦ぜしむるに『茅鴟』なり」とあり。杜預の注に「敬せざるを刺すなり」という。また『書・呂刑』に「鴟義姦宄」とあり。注に「鴟義とは、鴟張跋扈を義と為すなり」という。庚桑子曰く「人実に鴟義にして其の国を有つ」と。また『史記・貨殖伝』に「范蠡斉に適き鴟夷子皮と為る」とあり。『正字通』に「字彙は鴟夷を複姓と為す、誤りなり」という。考証:『書・呂刑』に「罔不賊鴟義」とあり。注に「鴟張跋扈を義と為すなり」という。謹んで原文を照らすに「鴟義姦宄」は連読すべきにより、謹みて改むるに「鴟義姦宄」とす。注に「鴟義とは、鴟張跋扈を義と為すなり」という。