餘

発音YO,AMARU
五行
画数16 画

基本情報

発音 YO,AMARU
五行
吉凶 なし
部首
簡体画数 15 画
繁体画数 16 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 99 ページ)
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【戌集下】【食部】餘;康熙筆画 16;頁 99。『唐韻』以諸切、『集韻』『韻会』羊諸切、『正韻』云倶切、音余。『説文』饒なり。『玉篇』残なり。『広韻』剰なり。『周礼・天官・冢宰』に「九賦をもって財賄を斂む。九に幣余の賦あり」とある。〔鄭注〕百工の余なり。『左伝・文元年』に「余を終に帰す」とあり。また『孟子』に「余夫二十五畝」とあり。〔注〕一夫とは、上に父母、下に妻子を有し、五口・八口を率とす。もし弟あらば、是れ余夫なり。また『周礼・地官・小司徒』に「凡そ国の大事には民を致し、大故には余子を致す」とあり。〔注〕余は羨を謂う。鄭康成曰く、余子は卿大夫の子にして、王宮に守るべき者なり。『左伝・宣二年』にまた「その余子を宦ず」とあり。〔注〕余子とは嫡子の母弟なり。また国名。『春秋・荘二年』に「夏、公子慶父師を帥いて于余丘を伐つ」とあり。〔注〕于余丘は国名なり。また地名。『左伝・昭二十二年』に「莒、斉師を寿余に敗る」とあり。また舟の名。『左伝・昭十七年』に「楚、呉師を大いに破り、其の乗舟余皇を獲たり」とあり。また草の名。『山海経』に「招揺山に草あり、韭のごとく、青華にして、名づけて祝余と曰う。之を食えば飢えず」とあり。また姓。晋に余頠・余文仲あり。また梁余・夫余は倶に複姓なり。『姓譜』に見ゆ。また『集韻』に余遮切、音耶とあり。『荘子・譲王篇』に「其の緒余をもって国家を為す」とあり。〔司馬彪注〕緒余は残なり。緒は音奢、余は音耶なり。また夷周切に叶い、音由なり。『韓愈・駑驥詩』に「嘶鳴して大路に当り、志気余あるが若し。騏驥絶域に生じ、自ら矜って匹儔無し」とあり。また羊遇切に叶い、音裕なり。『古詩』に「新人は工に縑を織り、故人は工に素を織る。縑を織るは日に一疋、素を織るは五丈余り」とあり。『正字通』に按ずるに、『周礼・地官・委人』に「凡そ其の余聚めて頒賜を待つ」とあり、本は公と作す。声近きにより訛って余と作す。故に注に「余は当に余(餘)と為すべし、県都の畜聚の物を謂う」と云う。本注に拠れば、餘は余と作るべからず。『正韻』四魚の余字の注に、『周礼』を引きて「余亦た余(餘)と作す」とあり。余と餘とを合して一と為すは非なり。考証:『周礼・天官・冢宰』「九賦をもって財賄を斂む。九に幣余の賦あり」。〔注〕幣余は百工の余なり。謹んで原文に照らし、九賦の上に「以」の字を増し、注の上に「鄭」の字を増し、注の下に「幣余」の二字を省く。『荘子・譲王篇』「緒余をもって天下国家を治む」。〔徐邈注〕緒余は残なり。謹んで原文に照らし、「其の緒余をもって国家を為す」に改め、徐邈注を司馬彪注に改む。『古詩』「新人は工に縑を織り、旧人は工に素を織る。縑を織るは日に一疋、素を織るは五丈余り」。謹んで原詩に照らし、「旧人」を「故人」に改む。

康熙字典現代語版

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