康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1280 ページ)
【酉集下】【酉字部】酉;康煕筆画:7;ページ番号:1280 頁 02 行
古文は「丣」と書く。
『広韻』に反切「与九切」、『集韻』『韻会』に「以九切」、『正韻』に「云九切」とあり、音は「牖」に同じ。
『説文解字』に「就なり。熟るの義なり。八月黍稷熟し、以て醇酒を醸すべし」とある。
【徐曰】補って言う、「就」は成熟を意味す。「丣」は春門を表し、万物既に生ず;「酉」は秋門を表し、万物既に収む。字形中の「一」は閉ざされた門を象る。
『広韻』また「飽」および「老」の義にも通ずと解す。
『爾雅・釈天』に、太歳が酉の方にある年を「作噩」と称すと記す。
『史記・律書』に、酉は八月を表し、律は「南呂」に当たり、十二支では「酉」なり。酉は万物既に衰うるを意味すとある。
『淮南子・天文訓』に、北斗の杓が酉の方を指す。酉は飽足の意味なり。律は「南呂」に当たるとある。
『淮南子・時則訓』に、仲秋八月、北斗の招揺星が酉の方を指すとある。
『釈名』に、酉は「秀」なり。秀は万物既に成熟せるを表す。易の八卦では「兌」卦に当たるとある。
また大酉山・小酉山という山名あり。辰州沅陵に在り。伝うに山上の石洞に書巻千余を蔵すとされる。
また水名なり。『後漢書・郡国志』に、武陵郡酉陽県は酉水の発源地にして、東流して湘水に入ると記す。
『字彙補』に、「五酉」は怪物の名にして、孔子かつて見るところなり。『沖波集』に見えるとある。
また姓なり。『正字通』に、三国魏に酉牧なる者ありと記す。