康熙字典解説
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【酉集上】【言部】訊;康煕筆画:10;頁碼:1147 頁第 04。古文に訙と作る。『唐韻』『集韻』『韻会』に「思晋切、音は信」とあり。問うなり。『詩・小雅』に「彼なる故老を召して、之に占夢を訊(と)う」とあり。『伝』に「訊、問うなり」という。『公羊伝・僖公十年』に「荀息曰く、君嘗て臣を訊(と)えり」とあり。『注』に「上より下に問うを訊と曰う」という。また『玉篇』に「辞なり」とあり。『爾雅・釈言』に「言なり」とあり。『郉疏』に「訊とは、言をもって問うなり」という。『詩・小雅』に「訊を執り醜を獲る」とあり。『伝』に「訊、辞なり」という。『箋』に「言なり」という。『疏』に「其れ知る所ありて、与に言辞を為すべしと謂う」という。また『爾雅・釈詁』に「告ぐなり」とあり。『疏』に「訊とは、告げて問うなり」という。『詩・国風』に「夫も不良、歌って之を訊(せ)む」とあり。『伝』に「訊、告ぐなり」という。韓詩に「諫むるなり」と曰う。また譲るなり。『呉語』に「乃ち申胥を訊(せ)む」とあり。『注』に「告げて譲るなり」という。また書問なり。『左伝・文公十七年』に「鄭の子家、訊を執らしめて之に書を与え、以て趙宣子に告ぐ」とあり。『注』に「訊を執るとは、通訊問の官なり」という。『荀子・雲賦』に「遠く行きて疾速なれども、託すべからざる訊(ふみ)なるか」とあり。『注』に「訊、書問なり」という。また罪を鞫(ただ)す。『周礼・秋官・小司寇』に「三刺を以て庶民の獄訟の中を断つ。一には羣臣を訊(と)い、二には羣吏を訊(と)い、三には万民を訊(と)う」とあり。『礼記・王制』に「出征して有罪を執え、反りて学に釈奠し、訊馘を以て告ぐ」とあり。また治むるなり。『礼記・楽記』に「訊疾を雅を以てす」とあり。『注』に「訊も亦た治むるなり。雅は楽器にして、此を奏して舞者の疾を治むる」という。また『博雅』に「動くなり」とあり。『韻会小補』に「振訊とは整理の義なり。『左伝・隠公四年』の孔疏に見ゆ」という。また諄に通ず。『詩・大雅』に「訊を執ること連連たり」とあり。『箋』に「訊、言なり。亦た諄と作る」という。また『史記・賈誼伝』に「訊に曰く已んぬるかな」とあり。『注』に李奇曰く「訊、告ぐなり」。張晏曰く「『離騒』の丁寧乱辞なり」。索隠曰く「其の意を重ねて宣ぶるなり」という。『漢書』は諄と作る。また迅に通ず。『礼記・楽記』に「訊疾を雅を以てす」とあり。『注』に「奮訊なり」という。『釈文』に「訊、本また迅と作る」という。また『前漢書・揚雄伝』に「猋駭雲訊」とあり。『師古注』に「訊も亦た奮訊なり」という。『文選』は迅と作る。また『集韻』に「須閏切、音は濬」とあり。『説文』に義同じ。また『集韻』に「雖遂切、音は隧」とあり。譢と同じ。問う、告ぐ、譲る、諫むるなり。亦た諄に通ず。また『詩・小雅』に「凡百君子、莫けくも訊を用いず」とあり。『朱伝』に「訊、音は息悴切。上に瘁、下に退に叶う」という。また息七切に叶い、音は悉なり。『左思・魏都賦』に「翩翩たる黄鳥、書を銜えて来り訊(おとづ)る。人謀尊ぶ所、鬼謀秩ある所」とあり。李善読む。