康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 605 ページ)
【巳集上】【水部】汜;康煕筆画:7;頁碼:605 頁 17 行。『唐韻』詳里切、『集韻』『韻会』象歯切、『正韻』詳子切、音は似。『説文』に「水別れて復た水に入る」とあり。『爾雅・釈水』に「水決して復た入るを汜と為す」とあり。疏に「凡そ水の岐流して還って本水に復する者」という。『釈名』に「汜、止なり。出でて所為あること畢り已んで、復た還りて入るが如し」とあり。また『説文』に「一に曰く、汜は窮渎なり」とあり。『爾雅・釈丘』に「窮渎、汜」とあり。疏に「困窮して通ぜざる水渎を謂って汜と名づく。亦た谿と得名す」という。『詩・召南』に「江に汜有り」。木華『海賦』に「枝岐潭淪、渤蕩して汜と成る」。また水名。河南成皐県に在り。『山海経』に「浮戯の山、汜水ここに出で、北流して河に注ぐ」。『前漢・高帝紀』に「漢数々成皐に挑みて戦い、楚軍出でず、人をして之を辱しむ。大司馬咎怒り、兵を汜水に渡す。半ば渡るに、漢之を撃ち、大いに楚軍を破る」。注に臣瓚曰く「今の成皐東の汜水是れなり」。師古曰く「此の水旧読は凡と読む、今彼の郷人は之を祀と呼ぶ」。また県名。『広輿記』に「汜水県は開封府に属す、古の東虢の地、漢は成皐、隋は汜水」。また洲名。『水経注』に「龍陽県の汜洲は長さ二十里、呉の丹陽太守李衡柑を其の上に植う」。また蒙汜、日の入る処なり。『楚辞・天問』に「湯谷より出で、蒙汜に次ぐ」。また『韻会』に養里切、音は以。義同じ。