康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 641 ページ)
【巳集上】【水部】溼;康煕筆画 14;頁碼 641 頁下段 14 行。『唐韻』『集韻』『韻会』に「失入切」とあり、音は「」に同じ。『説文解字』に「幽湿なり」と釈す。字形は「水」に従い、上の「一」は覆いを示す。土を覆って水あるがゆえに、湿の義なり。『爾雅・釈地』に「陂下の者を溼と曰う」。『易・乾卦』に「水は湿に就く」。また、官吏の治めが苛酷なるを「束溼」という。『前漢書・酷吏伝』に「急なること湿を束るがごとし」とあり、【注】に「甚だ急迫なるさま。湿なるものは束ねやすし」と釈す。また「溼溼」は、水光の開合するさまを形容す。『木華・海賦』に水勢盛大にして波光閃爍するさま。また『揚子・方言』に「溼は憂を謂う」。宋・衛の間では「愼」といい、あるいは「」という。陳・楚の間では時に「溼」といい、時に「済」という。函谷関以西、秦・晋の間において、志遂げず、欲満たず、高位にあって墜ち、得て中道に失うものを、みな「溼」という。あるいは「惄」ともいう。【注】溼とは、失意落胆の称なり。俗体は「湿」と書く。『徐鉉が曰く』、今人これを知らず、「湿」を以てこの字に当つ。「湿」は本来河の名にして、この義にあらず。『毛氏が曰く』、「湿」は本来韻に合い、音は「托合切」にして水名なり。後に誤って乾燥湿潤の「溼」の字に用いるに至れり。考証:『説文』に「幽湿なり。水に従い、上の「一」は覆う所なり。土を覆って水あるがゆえに、湿の義なり」とあり。謹んで『説文解字繫伝』の原文に従い、「覆而有土」を「覆土而有水」に改む。『爾雅・釈地』に「陂下の者を溼と曰う」とあり。謹んで原文に従い「陂」の字を省略す。