【酉集中】【豆部】豎;康煕筆画:15;頁碼:1192 頁下段 22 行。『唐韻』臣庾切。『集韻』『韻会』上主切。音は裋に同じ。『説文』に「豎は立てるなり」とあり。『徐曰』に「豆器なるがゆえに豎立という」とある。『後漢書・霊帝紀』に「槐樹自ら抜けて倒れ豎なり」と見え、『魏志・鍾繇伝』に「偃を起こして豎と為す」とある。また『韻会』に「貞なり」とあり、『字彙』に「直なり」とある。また『広韻』に「童僕の未だ冠せざる者」とあり、『列子・説符篇』に「隣人羊を亡い、楊子の豎に請いて之を追わしむ」と見え、『宋書・周朗伝』に「婢豎定科なし」とある。また内廷の小臣をもいう。『周礼・天官』に「内豎は内外の通令を掌り、凡そ小事をつかさどる」とあり、註に「豎は未だ冠せざる者の官名なり」とある。『左伝・僖公二十四年』に「晋侯の豎頭須は蔵を守る者なり」と見え、註に「豎は左右の小吏なり」とある。また凡そ鄙なる者を皆豎という。『史記・留侯世家』に「豎儒ほとんど乃公の事を敗らん」とあり、『晋書・阮籍伝』に「時に英雄なく、豎子を成名せしむ」とある。また姓なり。『左伝・昭公十六年』に「鄭の大夫豎柎」と見える。また『韻会』に「裋に通ず」とあり、『史記・秦始皇本紀』に「寒き者は裋褐を利とす」と見え、註に「一に短とし、一に豎とする。褐衣を豎裁して労役の衣と為す。短くしてしかも狭きがゆえに短褐といい、亦た豎褐ともいう」とある。『荀子・大略篇』に「衣すなわち豎褐完からず」と見え、註に「僮豎の褐なり。亦た短褐なり」とある。『集韻』に或いは

と作る。また『正韻』『字彙補』に殊遇切、音は樹に同じ。『通鑑』に龐涓曰く「遂に豎子の名を成す」とあり、胡三省は去声に読む。『集韻』に籀文は

と作り、或いは𥩏と作る。俗に竪と作るは非なり。