牟

発音BOU MU,MUSABORU
五行
吉凶
画数6 画

基本情報

発音 BOU MU,MUSABORU
五行
吉凶
部首
簡体画数 6 画
繁体画数 6 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 697 ページ)
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【巳集下】【牛部】牟;康熙筆画:6;頁碼:697 頁 06 行 古文。【唐韻】莫浮切。【集韻】【韻会】迷浮切。音は謀。【説文】牛の鳴く声なり。牛に従い、その声気口より出ずるを象る。【柳宗元・牛賦】牟然として鳴じ、黄鐘脰に満つ。また【玉篇】取るなり、奪うなり、過ぐるなり。【戦国策】上は主の心に干き、下は百姓を牟す。【注】牟は取るなり。【韓非子・七反篇】食を牟するの民。【史記・平準書】富商大賈、大利を牟する所なし。【前漢・景帝紀】万民を侵牟す。【注】李奇曰く、牟は苗の根を食う虫なり。侵して民を牟するは、之を蛑賊に比す。また【玉篇】倍なり。【楚辞・招魂】梟を成して牟し、五白を呼ぶ些。【注】倍勝するを牟と為す。また【玉篇】大なり。【淮南子・要略篇】道を原むる者は六合を盧牟し、万象を混沌す。また【揚子・方言】愛す。宋魯の間これを牟と曰う。また【後漢書・礼儀志】仲夏、朱索をもって葷菜を連ね、朴蠱を弥牟す。【正字通】郝敬曰く、弥牟は御止し、塗抹の義なり。また【玉篇】進むなり。また【前漢書・霍光伝】輦道牟首。【注】孟康曰く、牟首は地名なり。如淳曰く、牟首は面を屏ぐ。面を屏げて自ら隔つるなり。瓚曰く、牟首は池の名なり。師古曰く、瓚の説是なり。【左思・呉都賦】長涂牟首。【注】劉逵曰く、牟首は閣道に室屋あるなり。また国名。【春秋・桓公十五年】邾人、牟人、葛人来りて朝す。【前漢書・地理志】泰山郡に牟あり。【注】故国なり。【晋語】成王諸侯を岐陽に盟ず、楚は荊蛮なるがゆえに、茅蕝を置き、望表を設け、鮮牟とともに燎を守らしむ、故に盟与らず。【注】鮮牟は東夷の国なり。また地名。【春秋・隠公四年】莒人杞を伐ち、牟婁を取る。また【左伝・宣公九年】根牟を取る。また【論語】仏肸中牟を以て畔く。【前漢書・地理志】河南郡に中牟あり。【又】東萊郡に東牟あり。また【釈名】牟追。牟は冒なり、其の形髪を冒して追追然たるを言う。また姓。【風俗通】牟子国は祝融の後なり、后因りて氏と為す。【史記・田敬仲完世家】大夫の牟辛。【後漢書・牟融伝】牟融、北海安丘の人なり。また【広韻】複姓。三氏あり。礼記に賓牟賈あり。【東萊先賢伝】に曹牟君卿あり。【何氏姓苑】に弥牟氏あり。また麦なり。【詩・周頌】我に来牟を貽す。【伝】牟は麦なり。【釈文】牟は字書に麰と作り、または䅒と作る。また器なり。【礼記・内則】敦・牟・卮・匜。【注】牟は読んで堥と曰う。敦牟は黍稷の器なり。【釈文】斉人は土釜を呼んで牟と為す。【後漢書・礼儀志】卮八、牟八。また【後漢書・禰衡伝】岑牟単絞の服を着く。【注】通史志に曰く、岑牟は鼓角士の冑なり。【韻会】鍪は通じて牟と作る。また眸と通ず。【荀子・非相篇】堯舜参牟子。【注】牟は眸と同じ。参眸子は二瞳相参するを謂う。また【集韻】莫后切、音は母。中牟は地名なり。按ずるに中牟の地名は多く平声に読む。【集韻】また上声を収むるは、何れに基づくか未だ知らず。また【集韻】莫侯切、音は茂。本は務と作る。昏なり。また務と同じ。【荀子・成相篇】天乙湯、論挙当たり。身は卞随に譲り、挙げて牟光す。【注】牟は務と同じ。

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