康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 357 ページ)
【寅集下】【弓部】弥;康熙筆画:17;頁碼:357 頁第 30 行。『玉篇』に「彌」に同じとあり。「彌」は古文。『広韻』武移切、『集韻』『韻会』民卑切、音は迷。『説文』に「弓を弛むるなり」とあり。また『玉篇』に「徧(あまね)し」とあり。『周礼・春官・大祝』に「社稷を彌祀し祷る」とあり。注に「弥は猶お徧のごとし」という。また『類篇』に「終なり」とあり。『詩・大雅』に「誕びて其の月を彌す」とあり。伝に「弥、終なり」という。また『広韻』に「益す」とあり。『論語』に「之を仰げば弥々高く、之を鑽れば弥々堅し」とあり。また『広韻』に「長し、久し」とあり。また「遠し」。『左伝・哀公二十三年』に「肥の以て彌甥に備うるを得たり」とあり。注に「弥は遠し」という。また「祲(しん)」なり。『周礼・春官・視祲』に「十煇の法を掌り、七に弥と曰う」とあり。注に「弥とは白虹天に彌るなり」という。また「弥縫」は闕を補うなり。『易・繋辞』に「天地の道を弥綸す」とあり。疏に「弥は弥逢い補い合するを謂う」という。『左伝・僖公二十六年』に「其の闕を弥縫す」とあり。また「弥弥」は猶お稍稍のごとし。『前漢書・韋賢伝』に「其の失を弥弥す」とあり。また「弥龍」は車の飾り。『史記・礼書』に「弥龍は以て威を養うなり」とあり。注に索隠曰く、「金飾の衡軛を龍と為すを謂う」という。また「扞弥」は国名。『前漢書・西域伝』に「扞弥国、今名づけて寧弥と曰う」とあり。また姓なり。『広韻』に「三輔決録に新豊の弥升有り」とあり。また羌の複姓に、後秦の将軍弥姐婆触あり。また『類篇』綿批切、音は迷。「嫛弥」は嬰兒なり。『礼記・雑記』に「中路に嬰兒其の母を失う焉」とあり。注に「嬰は猶お嫛弥のごとし」という。また『韻会』母婢切、弥は上声。『類篇』に「止む」とあり。『韻会』に「息む」とあり。『周礼・春官・小祝』に「災兵を弥す」とあり。『前漢書・李広伝』に「白檀に節を弥す」とあり。注に「弥節は少しく安んずるの意」という。『韻会』に通じて「弭」に作る。