康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1349 ページ)
【戌集中】【阜部】陌;康煕筆画:14;頁碼:1349 頁 09 行
『広韻』『集韻』『正韻』に「莫白切」と注音し、『韻会』に「莫百切」と注音す。読みは「貊」に同じ。
『玉篇』に「田間の道」と釈し、「阡」に類す。詳説は前出の「阡」字の注を参照すべし。
また市中の街道を指す。『後漢書・袁紹伝』に「街陌に填接す」と見える。
また『釈名』に頭巾の一種を「陌頭」といい、後より前に横に巻き付くるを意味すとあり、斉地にてはこれを「㡘」という。按ずるに、ここにおける「陌」は「帞」に通ずるべし。
また姓あり。『正字通』に見ゆ。
また『唐韻正』に古音を「莫各反」と標す。『史記・亀策伝』に「故に人民を牧し、城郭を為し、内は閭術を経め、外は阡陌を為す」と見え、『楚辞・九思』に「逡巡兮圃藪、率彼兮畛陌。川谷兮淵淵、山阜兮硌硌」とあり、『魏文帝・陌上桑詩』に「荊棘を披き、阡陌を求め、側足して独り窘歩す。路局窄し。虎豹嘷動し、鶏驚き禽失せ、群鳴して相索す」とあり、ここに「窄」の古音は「作」に作る。
また「百」に仮借して用う。『五代史・王章伝』に「緡銭の出入、皆八十を陌と為す。章その出づる者の陌三を減ず」と見え、『夢渓筆談』に「今の数銭、百銭を陌と謂う」とあり、これ「陌」の字を借りて百を表すなり。『正韻』にもまた「佰」と作る。