康熙字典解説
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【子集上】【丶字部】麗;康熙画数:19;頁碼:81 頁 04 行。『集韻』に「麗」は古く「丽」と作る。注は鹿部八画に詳し。麗の古文は「丽」。『唐韻』『集韻』『韻会』は郎計切、『正韻』は力霁切、音は隷。『説文』に「旅行なり。鹿の性、食を見て急なれば、必ず旅行す」とあり。また『司馬相如・大人賦』に「應龍・象輿の蠖略委麗なるを駕す」とあり。師古の注に「行歩進止の貌」という。また『玉篇』に「偶なり」。『易・兌卦』に「麗沢兌」。注に「麗は連のごとし」とある。『周礼・夏官・校人』に「麗馬一圉」。注に「両馬なり」。また「束帛麗皮」。注に「両皮なり」。『史記・世紀』に「太昊始めて嫁娶を制し、麗皮をもって礼とす」。『釈義』に「麗は偶数なり」。また『玉篇』に「好し」。『広韻』に「美なり」。『楚辞・招魂』に「文を被り纖を服し、麗にして奇ならず些」。また『前漢書・東方朔伝』に「道徳をもって麗とす」。また『玉篇』に「数なり」。『詩・大雅』に「商の孫子、其の麗億ならず」。また『広韻』に「著(つ)く」。『左伝・宣公十二年』に「麋を射て亀に麗す」。注に「麗は著く」とある。また『正韻』に「附す」。『易・離卦』に「離は麗なり。日月天に麗し、百穀草木土に麗す」。また『礼記・王制』に「郵罰事に麗す」。注に「麗は附す。人を過ち罰するは各々其の事に附すべく、他を仮って喜怒をなすべからず」とある。また「係(つな)ぐ」。『礼記・祭義』に「祭の日、君牲を牽き、既に廟門に入りてに麗す」。注に「麗は猶係ぐがごとし」とある。また『玉篇』に「華綺なり」。『正韻』に「華なり」。『書経・畢命』に「化を敝にし奢麗をなし、万世同じく流る」。『韓詩外伝』に「原憲子貢に謂いて曰く、仁義の匿れ、衣裘の麗しきは、憲忍びて為すべからず」とある。また『玉篇』に「施(ほどこ)す」。『書経・多方』に「民の麗に開くこと能わず」。伝に「民の施政教を施す所に開くこと能わず。麗は施すなり。昏昧を言う」とある。また『正韻』に「光明なり」。また地名。『左伝・成公十三年』に「晋師涇を濟り、侯麗に及びて還る」。注に「侯麗は秦の地」とある。また『前漢書・地理志』に「楽浪郡華麗県」。また「欐」と同じ。屋の棟なり。『列子・力命篇』に「居すれば連麗す」。また麗譙は高楼なり。『荘子・徐無鬼』に「君必ず盛鶴を麗譙の間に列ぬることなかれ」。『前漢書・陳勝伝注』に「楼もまた譙と名づく。故に美麗の楼を麗譙と謂う」とある。また梁麗は車の名。『荘子・秋水篇』に「梁麗城を衝くべし、穴を窒ぐべからず。殊器なるを言う」とある。また魚麗は陣の名。『左伝・桓公五年』に「高渠弥中軍をもって公を奉じ、魚麗の陳とす」とある。また『正韻』に「小舟なり」。また姓。『姓苑』に見ゆ。また複姓。『左伝・成公十七年』に「晋の厲公匠麗氏に遊ぶ」とある。また『広韻』は呂支切、『集韻』『韻会』は隣知切、『正韻』は隣渓切、音は離。『釈名』に「麗は離なり。一目をもって天を視、一目をもって地を視す。目明分離して、所視異なるなり」とある。また高麗は国名。『魏志』に「高句麗は遼東の東に在り」。『前漢書』は高句驪と作る。また山名。『史記・黥布伝』に「布は故に麗山の徒なり」。あるいは驪と作る。また「鸝」と同じ。『張衡・東京賦』に「麗黄嚶嚶」。注に「麗は古字通ず」とある。また『集韻』に憐題切、音は黎。義同じ。また『集韻』に里弟切、音は礼。蕭該の説に「彭蠡は沢の名。古く彭麗と作る」とある。また力智切、音は詈。美なり。また『類篇』に山宜切、音は釃。也。また『集韻』に郎狄切、音は歴。県名。麗に従い、俗に両日に従うは非なり。『六書正訛』に「麗は古の麗字。相附の形、借りて伉麗と為す。俗別に俪と作る」。麗の考証:『楚辞・招魂』「文を被り纖麗にして奇ならず些」は、謹んで原文に照らし、纖字の上に服字を増す。『左伝・桓公五年』「高渠弥中軍をもって公を奉じ、魚麗の陣とす」は、謹んで原文に照らし、陣を陳に改む。