基本情報
発音
SHOU JOU SHUU SHU,NABE
五行
0
吉凶
无
命名の意味
康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1322 ページ)
【戌集上】【金字部】鐎;康煕筆画:20;頁碼:1322 頁 05 行。『唐韻』に「即削切」とあり、『集韻』『韻会』『正韻』に「兹消切」、音は焦。『説文』に「鐎は斗なり」とある。『広韻』に「温器にして三足ありて柄あり」とある。『周礼・天官・郁人』の注に「之を鐎中に煮て、祭の前に停む」とある。『史記・李将軍伝』の「刁斗」の注に「銅をもって鐎器を作り、一斗を受け、昼は飯食を炊き、夜は撃ちて持ち行く。名づけて刁斗と曰う」とある。また『博古図』に「漢の熊足鐎斗、高さ四寸八分、深さ三寸二分、口径二寸三分、一升四合半を容れ、重さ一斤十両。流あり、柄あり、三足あり。流・蓋および柄は多く物象をなし、足は熊をもって飾る。龍首鐎斗、高さ七寸八分、深さ二寸三分、口径四寸三分、三升を容れ、重さ三斤一両。耳あり、流あり、柄あり。首は龍をもって飾る。皆銅をもって之を作る。趙襄子、人をして斗を操らしめ、大工に食らわしむ。古、行食に斗を用ゆ。而して此に柄と流とあり。其れ羹湇を盛るの具たるを知るべし」とある。『正字通』に「此の説によれば、『周礼』の注にいう煮る所の鐎と少し異なる。然るに形制を以て之を推すに、鐎斗と軍中の鐎斗とは、名同じくして実異なり。『説文』の鐎は泛めて鐎斗と訓ず。徐氏、誤って『史記』を引きて、鐎器は二升を受け、昼は炊き夜は撃つと為し、以て之を実とす。『六書故』『正韻』『韻会』の鐎字の注、刁斗と合せて一と為す。皆非なり」とある。『集韻』に「通じて焦と作る」とあり。また『広韻』に「昨焦切」、『集韻』に「慈焦切」、音は樵。温器。形は銚のごとし。また『五音集韻』に「即由切」、音は遒。釜の属。