康熙字典解説
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【戌集上】【門部】閱;康熙筆画 15、頁 1336。『唐韻』弋雪切、『集韻』『韻会』欲雪切、『正韻』魚厥切、音は悅。『説文』に「門中に具(そな)わる」とあり。『徐曰』に「春秋の大閲とは、車馬を検閲するを指す。具数とは、一一数目を清点するなり」という。『玉篇』に「軍備の物資を指す」とあり。『周礼・夏官・大司馬』に「中冬、大閲を教う」とあり。注に「大閲とは、軍備を検閲するなり」という。『春秋・桓公六年』に「秋八月壬午、大閲す」とあり。注に「車馬を検閲するを指す」という。また『説文』に別の説として「察験す」とあり。門を出づる人を察験し、これを清点するなり。『博雅』に「閲とは計算なり」とあり。『左伝・襄公九年』に「商人その禍敗の徴兆を顧みる」とあり。注に「閲は計算・回顧のごとし」という。また『正韻』に「検閲す」とあり。『書・多方』に「汝らの城邑において(政事を)検閲し、輔けを求めよ」とあり。疏に「その事を検閲するを指す」という。また『呂刑』に「その罪行を核実す」とあり。疏に「審査し核実するを指す」という。また『正韻』に「経験す」とあり。『前漢・文帝紀』に「天下の義理を経歴すること多し」とあり。注に「閲は経験のごとし」という。また『車千秋伝』に「資歴・功労なし」とあり。師古注に「閲とは経験なり」という。また『広韻』に「功勲と資歴を指す」とあり。『史記・高祖功臣年表』に「時日を累積するを閲と称す」とあり。『後漢・章帝紀』に「ある者は田間より出でて、門第と資歴に拘泥せず」とあり。注に「『史記』に曰く、その等級を彰明するを閥と称し、その功労を累積するを閲と称す。これは前代の人材選抜において、必ず賢能を選び、門第に限られざりしを言うなり」という。また『韻会』に「売買の際に値を下げるを指す」とあり。『荀子・修身篇』に「良き商人は、値を下げて損ずるがゆえに売買をせざることなし」とあり。注に「折閲とは、売る物の価を下げるを指す」という。また「容納す」とあり。『詩・邶風』に「我が身すらなお容納されず」とあり。伝に「閲は容納なり」という。また『曹風』に「蜉蝣穴を掘りて出ず」とあり。伝に「閲は身を容るる洞穴を指す」という。箋に「掘閲とは、地を掘りて洞穴を成すを指す。これ其の生まれる初めを言うなり」という。また「稟受す」とあり。『老子・道徳経』に「古より今に至るまで、其名消えず、これに凭りて万物の始を観る」とあり。注に「閲は稟受・観察なり。甫は始めなり。万物の生じ始める時に禀賦し、万物が道より元気を受くるを言う」という。また「通達す」とあり。『爾雅・釈宮』に「椽直にして通達するを閲と称す」とあり。注に「五架の家の椽まさに斉うを指す」という。疏に「屋椽は長く直にして通達し、五架の家の椽頭斉うを閲と称す」という。また『正韻』に「観覧す」とあり。また人名なり。『左伝・僖公三十年』に「冬、周天子周公閲を遣わして聘問せしむ」とあり。また『襄公九年』に「華閲」とあり。注に「華閲は宋の大臣華元の子なり」という。『史記・田敬仲世家』に「公孫閲、成侯田忌に謂って曰く、君何ぞ魏を攻むるを謀らざるや」とあり。考証:『説文』に「門中に疏を具わる」とあるが、謹んで原文により「疏」を「数」に改む。『荀子・修身篇』に「銀価折閲の為めに市せず」とあるが、謹んで原文により「銀価」を「良価」に改む。『詩・衛風』に「我躬閲らず」とあるが、謹んで原書により「衛風」を「邶風」に改む。