康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 839 ページ)
【午集下】【示部】礿;康煕筆画:8;頁碼:839 頁 30 行。『唐韻』に「以灼切」、『集韻』『正韻』に「弋灼切」、『韻会』に「弋約切」とあり、音は薬。禴とも作る。祭名。『礼記・王制』に「天子の四時の祭、春を礿と曰い、夏を禘と曰い、秋を嘗と曰い、冬を烝と曰う」とある。『疏』に「礿は薄の意味なり。春は作物まだ成らず、祭品新しきも微薄なればなり」という。按ずるに、礿・禘・嘗・烝は四季の祭にして、これ夏・商・周三代に通ずる礼制なり。鄭康成は『詩経・天保』及び『周礼』に「禴・祠・烝・嘗」の説あるを拘泥し、遂に『王制』所説を夏・商の礼制なりとし、周代は春祭を祠、夏祭を禴とすべきなりとせり。殊不知、『天保』の詩は周の武王の時に作られ、「禴・祠・烝・嘗」は実に諸侯の祭礼なり。武王晩年に始めて天命を受け、礼楽未だ備わらず、故にただ春礿・夏禘・秋嘗・冬烝の祭を行ひ、いまだ先王を追尊して天子の礼を以て祭祀するに至らず、周公成王を輔けて始めて定まる。『天保』の記載に執着して『王制』の説を疑うべからず。『周礼』の所説に至っては、歴代の学者多くこれを周公いまだ稿を定めざる典籍なりと為す。また拘泥するに足らず。その余の詳細は「禘」字の注釈に見ゆ。また『集韻』に「弋笑切」、音耀。義同じ。