康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 729 ページ)
【午集上】【玉部】璽;康熙画数 19、頁 729。『広韻』斯氏切、『韻会』想氏切、音は徙。『説文』に「王者の印なり。本は壐と作る」とあり。『玉篇』に「天子・諸侯の印なり」とあり。『釈名』に「璽は徙なり。物を封じて転徙せしむべけれども、発くべからず」という。『韻会』に「信なり。古は尊卑共に之を用ひ、秦漢以来は唯至尊のみ称す」とある。『左伝』襄公二十九年に「公楚に在り、季武子公冶をして問はしめ、璽書を追ひて之に与ふ」と見え、疏に「此れ諸侯大夫の印を璽と称するなり」と註す。『周礼』地官司市に「凡そ貨賄を通ずるには、璽節を以て出入せしむ」とあり、注に「璽節は印章にして、今の斗検封のごときものなり」という。蔡邕『独断』に「皇帝六璽」とあり。『後漢書』輿服志に「璽は皆玉にして螭虎の紐なり。文に皇帝行璽・皇帝之璽・皇帝信璽・天子行璽・天子之璽・天子信璽の凡六あり。外に大なる藍田玉璽あり。文に『天の命を受け、皇帝寿昌』と曰ふ」と記す。『正字通』に「又旧制、乗輿六璽あり。唐に至り宝と改む。唐末に亡失し、周の広順中に詔して二宝を作らしむ。一には皇帝承天受命之宝、二には皇帝神宝と曰ふ。初め太宗受命元璽を刻み、白玉を以て螭首とす。文に『皇天景命、徳ある者は昌なり』と曰ふ。武后諸璽を皆宝と改め、中宗即位して復た璽とす。開元六年、復た宝とす。初めに璽書を宝書と改め、再び伝国宝を承天大宝と改む」とあり。又姓なり。『姓譜』に「明に璽書あり」と見え、又人名なり。『山海経』に「稷の弟を台璽と曰ひ、叔均を生む」とあり、又国名なり。『山海経』に「璽は崑崙墟の東南に在り、流沙中に在り」と見え、『字彙補』に「抱朴子に璽産国有り」という。原字は奂に従ひて作る。考証:『周礼』地官司市「凡そ貨賄を通ずるには、璽節を以て出入せしむ」、注「璽節は印章にして、今の斗検封のごときものなり」。謹んで原文の「撿」を照らして「検」に改む。