唐

発音TOU,KARA
五行
吉凶
画数10 画

基本情報

発音 TOU,KARA
五行
吉凶
部首
簡体画数 10 画
繁体画数 10 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 192 ページ)
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【丑集上】【口部】唐;康煕筆画:10;頁碼:192 頁 12 行。古文に啺と作る。【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】徒郎切、音は堂。【説文】大言なり。口に従り庚声。【荘子・天下篇】荒唐の言。また【史記・司馬相如伝・上林賦】珉玉旁唐。【注】郭璞曰く、旁唐は盤薄なり。また国名。【玉篇】堯を唐と称するは、荡荡として道徳至大の貌なり。【書経・五子の歌】惟れ彼陶唐、此冀方有り。【疏】韋昭曰く、陶・唐皆国名なり、猶ほ湯を殷商と称するがごとし。按ずるに、書伝皆堯唐侯を以て天子に昇ると言い、陶唐に封ぜられたるを言わず。陶唐の二字、或は共に地名なるべし、必ずしも昭の言うがごときにあらず。また【詩経・唐風疏】唐とは、成王の母弟叔虞の封ぜられたる其の地にして、帝堯・夏禹の都せし墟、漢に太原郡と曰う。また漢の県名。【前漢書・地理志】中山国唐県。【注】故堯国なり、唐水西に在り。【詩経・唐風疏】皇甫謐曰く、堯初めて唐に封ぜられ、今中山唐県是なり。後に晋陽に徙り、天子となりて平阳に都す。詩に唐国と為るは、すなわち唐国は平阳なり。また魯の地。【春秋・隠公二年】公戎と唐に盟ず。【注】高平方輿県の北に武唐亭有り。また【戦国策】左は済、右は天唐。【注】高唐を謂う。【前漢書・地理志】平原郡高唐。【注】桑欽言う、漯水の出づる所なり。また【武帝紀】南に巡狩して盛唐に至る。【注】韋昭曰く、南郡に在り。また【地理志】会稽郡銭唐。【注】武林水の出づる所なり。また【後漢書・光武帝紀】進みて唐子郷を屠る。【注】唐子郷に唐子山有り、今の唐州湖陽県の西南に在り。【広韻】唐州は楚の地。戦国時は晋に属し、後に韓に入り、秦は南陽郡に属し、後魏は淮州、隋は顕州、貞観中に改めて唐州と為す。唐城山に因りて名とす。また姓。【広韻】唐堯の後、子孫氏焉。【史記・秦本紀】孝文王立ち、唐八子を尊んで唐太后と為す。また【屈原伝】楚に宋玉・唐勒・景差の徒有り。また唐山、復姓。【前漢書・礼楽志】高祖の唐山夫人。また【詩経・陳風】中唐に甓有り。【伝】中は中庭なり。唐は堂途なり。【疏】『爾雅』釈宮に云う、廟中路を唐と謂い、堂途を と謂う。李巡曰く、唐は廟中路の名なり。孫炎『詩』の中唐に甓有りを引く。堂途は、堂下より門に至るの径なり。然らば唐と とは、廟庭の異名なるのみ、其の実一なり。故に云う、唐は堂途なり、と。【周語】陂唐污庳、以て其の美を鐘す。【注】唐、俗本は塘と作る。【説文】塘字無し。【荘子・徐無鬼】其の唐子を求むるや、未だ始めて域を出せず、類を遺せる有り。【注】唐子とは、堂途に給使令するの人なり、猶ほ『周礼』に云う門子がごとし。また草名。【詩経・鄘風】爰に唐を采る。【伝】唐は蒙菜の名なり。【爾雅・釈草】唐蒙は女蘿なり。女蘿は菟絲なり。また弓名。【周礼・夏官・司弓矢】唐弓は大弓、学射する者に授く。また葉して徒紅切、音同じ。【欧陽修・楊諫議銘】震官太尉、四世以て公なり。于陵正直、僕射于唐。

康熙字典現代語版

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