基本情報
発音
DOU TOU,TAKADONO SUMAI
五行
土
吉凶
吉
命名の意味
康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 231 ページ)
【丑集上】【土部】堂;康熙筆画:11;頁碼:231 頁下段 23。古文に坣と作る。『唐韻』『広韻』『集韻』『韻会』『正韻』に徒郎切、音は唐。『説文』に「殿なり。正寝を堂と曰う」。『釈名』に「高顕の貌」。『演義』に「当なり、謂く正向陽の宇に当る」と。『詩・豳風』に「彼公堂に躋る」。また明堂は、王者が諸侯を朝する宮なり。『礼記・明堂位』に「明堂とは、諸侯の尊きを明らかにするものなり」。『前漢書・郊祀志』に「武帝元封元年、済南人公玉帯、黄帝時の明堂図を上す」。また堂室。『爾雅・釈宮』に「古者堂有り、半以前は之を虚にして堂と謂い、半以後は之を実にして室と謂う」。また官署。『漢官儀』に「黄門に画堂の署有り、中書省に玉堂有り」。『揚雄・解嘲』に「金門を歴て、玉堂に登る」。今翰林院も亦た玉堂と曰う。『唐書・百官志』に「初め三省、門下省の政事堂に議事し、其の後裴炎、之を中書省に移す」。また戸部に考堂有り、天下の歳計を行う処なり。また『呉郡国志』に「郡太守の堂は、乃ち春申君の子仮君の故宅なり。数々火災に遭うも、雌黄を以て之を塗れば止む。故に郡治を黄堂と曰う」。『呂氏春秋』に「宓子賤、琴を鳴らして単父治まる。故に県治を琴堂と曰う」。また堂堂は、盛んなり、正しきなり。『論語』に「堂堂たる張や」。『淮南子・兵略訓』に「堂堂の陣」。また衆笑うを哄堂と曰う。『因話録』に「御史に台院・殿院・察院有り。一人雑事を掌り、名付けて雑端とす。公堂に会食するときは皆笑いを絶つ。左右忍ぶべからず、雑端笑えば三堂皆笑う。遂に哄堂と謂う」。また仏堂を雁堂と曰う。『釈氏要覧』に「毘舎離、仏の為めに堂を作れり。形雁字の如し。因りて名づく」。また文巫の祭。『周礼・春官』に「男巫、冬に堂に祭り、贈ること方無く算無し」。〔注〕「冬の歳窮まる。堂に祭を設け、万鬼に贈送す」。また地名。『詩・鄘風』に「楚と堂とを望む」。〔注〕「楚は楚丘。堂は丘の旁邑」。また山の寛平なる処を堂と曰う。『詩・秦風』に「終南何ぞ有らん、紀有り堂有り」。また姓。『韓詩外伝』に「堂衣若、孔子の門を扣く」。また複姓。漢の儒者高堂生、唐の貞観に詔して従祀せしむ。また徒紅切に叶い、音同じ。『屈原・九歌』に「魚鱗の屋兮龍の堂、紫貝の闕兮珠の宮」。