寿

寿

発音JU JUU SU SHUU,KOTOBUKI HISASHII KOTOHOGU
五行
吉凶
画数14 画

基本情報

発音 JU JUU SU SHUU,KOTOBUKI HISASHII KOTOHOGU
五行
吉凶
部首
簡体画数 7 画
繁体画数 14 画
繁体字:壽,夀

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 244 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 244 ページ)
【丑集上】【士部】寿;康熙画数 14、頁 244。古文。『唐韻』『集韻』に承咒切、音は綬。『説文』に「久し」とあり、凡そ年齢・年歳を皆「寿」と称す。『書・君奭』に「天、寿と公平を賜う」。『詩・大雅』に「召公の考(祭祀の器)を作り、天子の万寿無疆を祝す」。『左伝・僖公三十二年』に「汝何を知るや、中寿」とあり、注に「上寿は百二十歳、中寿は百歳、下寿は八十歳」とす。『董子繁露』に「寿とは酬報なり。寿命の長短は、保養の得失による」とあり。『前漢・王吉伝』に「心に堯・舜の志あらば、身には赤松子・王子喬の寿あらん」とあり。また金銀布帛を人に贈るを「寿」と称す。『史記・刺客伝』に「厳仲子、黄金百鎰を奉り、聶政の母に寿す」とあり。また星宿の名なり。『爾雅・釈天』に「寿星は角・亢なり」とあり、注に「列宿の序は角・亢より始まり、これ衆列宿の長なるがゆえに寿と称す」とす。また地名なり。平寿は衛の下邑なり。『左伝・昭公二十年』に「衛侯、平寿に在り」とあり。寿州は古く淮南に属し、春秋は呉・楚・蔡の地にして、戦国に楚に併せられ、考烈王ここに都を遷して郢と称す。霊寿は古の中山の邑なり。『史記・魏世家』に「楽羊、中山を落とし、魏の文侯、霊寿を以て之に封ず」とあり。漢寿は亭名にして、蜀の厳道に在り。曹操、関羽を封じて漢寿亭侯とす。また山名なり。『史記・五帝本紀』に「舜、寿山において諸器を作る」とあり。また福州侯官県に寿山あり、文石を出だして印鈕を作るべく、五色具われども、艾緑のみ少なし。『宋・黄幹の詩』に「石は紋多きがゆえに斧鑿の刻を招く」とあり。また水名なり。寿水は太原寿陽県に在り、その源二つあり、一は要羅村に出で、一は頡訖村に出でて、合して洞渦河に流入す。また樹木の名なり。霊寿木は杖を作るべし。『山海経』に「霊寿、花開き実を結ぶ」とあり。『呂氏春秋』に「寿木の花」とあり。また姓なり。呉王寿夢の後なり。また常寿は複姓なり。また『広韻』に殖酉切、『集韻』『韻会』『正韻』に是酉切にして、讎の上声に読む。『詩・豳風』に「この春酒を醸し、以て寿を祈る」とあり。按ずるに、酒と寿と皆韻脚あり。朱熹これを葉音に作るは非なり。『正字通』に受と授とは皆上声・去声の二読あり、諸韻書それぞれ有韻・宥韻に分載す。寿の字も亦た然り。寿を受と読むとき専ら上声にあらず、授と読むとき専ら去声にあらず。

💡 康熙字典現代語版

扫码使用更多功能

康熙字典小程序

康熙字典小程序