康熙字典解説
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【子集上】【一字部】丘;康熙画数:5;ページ:77 頁第 14
古文【広韻】去鳩切【集韻】【韻会】祛尤切【正韻】駆尤切、音は蚯。
阜なり、高し。四方高く中央低きを丘と曰う。【爾雅・釈丘】人の為す所に非ざるを丘と曰う。
また前高く後低きを旄丘と曰う。【博雅】小陵を丘と曰う。
また【周礼・春官・大司楽】凡そ楽、冬至の日には地上の圜丘に於いて之を奏す。夏至の日には沢中の方丘に於いて之を奏す。【疏】土の高き者を丘と曰う。高きに因りて天に事うる故に地上に於く。下に因りて地に事うる故に沢中に於く。
また地名。帝丘は本顓頊の墟にして、今は澶州濮陽県。また営丘・商丘・楚丘・霊丘・葵丘・咸丘・虎丘、皆地名なり。
また三丘。【張衡・思玄賦】少昊の窮野を過ぎて兮、三丘を句芒に問う。【注】蓬萊・方丈・方壺、三者皆群仙の居する所なり。
また【前漢・法志】四井を邑とし、四邑を丘とする。丘は十六井なり。
また【春秋・成元年】丘甲を作る。【胡伝】兵を増すなり、即ち丘に一甲を出ださば、則ち一甸の中に共に百人を兵と為す矣。
また聚むるなり。【孔安国・尚書序】九州の志、之を九丘と謂う。言わく九州所有、皆此の書に聚められ也。
また崇丘、亡詩の篇名。万物極めて高大なるを得たるを言う。
また大なり。【前漢・楚元王伝】高祖微時、嘗て賓客と共に其の丘嫂の食を過ぐ。【注】長嫂の称なり。
また空なり。【前漢・息夫躬伝】丘亭に寄居す。
また丘里。【荘子・則陽篇】少知太公調に問いて曰く、何ぞ丘里の言と謂う。曰く、丘里とは十姓百名を合せて以て風俗と為すなり。
また比丘。【魏書・釈老伝】桑門は息心と為し、比丘は行乞と為す。
また姓。また左丘・竜丘・咸丘・虞丘・梁丘・母丘・陶丘・浮丘・麦丘・水丘・吾丘、皆複姓なり。
また【韻補】祛其切に叶い、音は欺。【詩・衛風】子を渉淇に送り、頓丘に至る。下の媒期に叶う。【小雅】楊園の道、畝丘に猗たり。下の詩之に叶う。【左伝・僖十五年】史蘇之を占して曰く、師を行うに利あらず、宗丘に敗る。上の姫旗に叶う。
また苦高切に叶い、音は尻。【楚辞・九懐】玄鳥兮帰を辞し、霊丘に飛翔す。渓を望みて蓊郁たり、熊罴兮呴嘷す。
また丘于切に叶い、音は区。【琳・大荒賦】不死の霊域を過ぎて兮、仍ほ羽人の丹丘。惟民生の每每なる兮、佇んで盤桓して踟蹰す。古に丘と区の声通ず。【顔師古曰く】古語に丘・区の二字音別たず、今読むれば則ち異なり。互いに匚部の区字の注に見えよ。【集韻】本は丠と作り、また作る。