康熙字典解説
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【未集中】【耒部】耦;康煕筆画:15;頁碼:964 頁 06 行。『唐韻』五口切、『集韻』『韻会』『正韻』語口切、音は偶。『説文』に「耒の広さ五寸を伐といい、二伐を耦という」とある。『詩・周頌』に「亦た爾が耕に服し、十千維れ耦なり」とあり、『箋』に「耜の広さ五寸、二耜を耦という。一川の間に万夫あれば、故に万耦あり」と注す。『周礼・冬官考工記・匠人』に「二耜を耦とする。一耦の伐は広さ一尺、深さ一尺、これを畎という」とあり、『疏』に「二人して耕すを耦という」とある。また凡そ二人を耦という。『左伝・襄公二十九年』に「射者三耦」とあり、注に「二人を耦とす」とある。『周礼・天官・掌次』に「射すれば耦次を張る」とあり、注に「耦とは、倶に昇りて射する者なり」、疏に「天子の大射は六耦にして西郊に在り。賓射も亦六耦にして朝に在り。燕射は三耦にして寝に在り」とある。また『射人』に「王は六耦を以てし、諸侯は四耦を以てし、孤・卿・大夫は三耦を以てす」とある。『荘子・斉物論』に「嗒焉として、其の耦を喪えるが似たり」とある。また匹なり、配なり。『左伝・桓公六年』に「人各々耦有り。斉は大なり、吾が耦に非ず」とあり、『宣公三年』に「石癸曰く、吾聞く、姫と姞とは耦なり、其の子孫必ず蕃んずべし」とあり、注に「姞姓は宜しく姫の配偶たるべし」とある。また『釈名』に「遇なり」とあり、『前漢書・高帝紀』に「耦語する者は市に棄つ」とあり、注に「耦は対なり」とある。また『玉篇』に「畸ならず」とあり、『易・繋辞』に「陽卦は奇、陰卦は耦」とあり、注に「陽卦は二陰なれば、故に奇を之を君と為す。陰卦は二陽なれば、故に耦を之を主と為す」とある。また通ず。『淮南子・要略』に「所以に万方に応待し、耦百変を覧るなり」とあり、注に「耦は通なり」とある。また地名。『列子・説符篇』に「牛缺は上地の大儒なり。下って邯鄲に至り、盗に耦沙之中に遇う」とある。また人名。『左伝・文公十五年』に「宋の華耦来りて盟す、其の官皆之に従う」とあり、注に「耦は華督の曽孫なり」とある。また姓。『五音集韻』に「漢に侍中耦嘉有り」とある。また『韻補』に「語綺切に叶い、音は擬」、「『詩・周頌』駿発爾が私、終に三十里。亦た爾が耕に服し、十千維れ耦なり」、また「五挙切に叶い、音は語」、「『楚辞・九思』言逝邁兮北徂、我友を呼びて配偶す。日陰曀兮未光、闃窕兮靡睹」とある。考証:『詩・周頌』「亦た爾が耕に服し、十千維れ耦なり」、『箋』「耜の広さ五寸、三耜を耦とす」は、原文を謹んで照査し、「三耜」を「二耜」に改む。