康熙字典解説
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【亥集下】【麥字部】麦;康煕筆画:11;頁碼:頁 1512 第 09【正字通】これは「麥」の俗字体である。麥【唐韻】【集韻】莫獲切【韻會】【正韻】莫白切、音は「脈」に同じ。【説文】麦とは芒ある穀にして、秋に播き土中に深く埋む。麦は金に属す。金気旺じて生じ、火気旺じて死す。【礼・月令】孟夏に麦熟す(麦秋至)。【蔡邕曰】諸穀みな初生を春とし、成熟を秋とす。麦は初夏に熟するがゆえに、四月を麦にとって秋という。また【前漢・武帝紀】民に宿麦を植えしむ。【註】師古曰:冬に播き、歴年して熟するがゆえに宿麦という。また蕎麦あり、烏麦ともいう。南北ともに植え、荍麦ともいう。また【爾雅・釈草】蘥は雀麦なり。【註】燕麦なり。また【爾雅・釈草】大菊は蘧麦なり。【註】大菊、また麦句薑といい、瞿麦なり。また姓なり。【隋書】麦鉄杖なる者あり。また【集韻】訖力切、音は「極」に同じ。【詩・鄘風】いずこにか麦を採る、沫の北に在り。また【豳風】黍・稷・重穋・禾・麻・豆・麦。また叶音莫故切、音は「暮」に同じ。【晋太和末童謡】白門に小麦を種う、「路」の字に叶う(押韻)。按ずるに、麦の字は決して「夾」に従わず、「夊」に従って「夕」に従わず。「來」はその実を象り、「夊」はその根を象る。俗に「麥」と作るのは非なり。また楊慎曰く、麦に「昧」の音あり。范仲淹(文正公)江淮を撫すとき、民間の食する烏昧草を進献し、これ即ち今の燕麦なりといえり。淮南では麦を「昧」と称するがゆえに、史書は音に応じて文字を録せり。しかるに燕麦は野稷なるを知らず。楊升庵(楊慎)の考証誤りて、竟に范仲淹の進献せる烏昧草を以てこれに当てたり。実は烏昧草は蕨類なり。附してここに弁ず。麦は「夾」の下に「夂」を加えて作る。