康熙字典解説
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【戌集中】【阜字部】隴;康煕筆画 24;頁 1363
『唐韻』力踵切、『集韻』『韻会』魯勇切、『正韻』力董切、音は壟。
『説文』に「天水の大坂なり」とある。
『前漢・地理志』に「天水郡隴県」とある。
【注】今は隴城県と称す。
また『史記・六国表』に「文公隴を逾ゆ」とある。
『秦本紀』に「また司馬錯をして隴西より兵を発せしめ、蜀を藉りて楚の黔中を攻む」とある。
『前漢・地理志』に「隴西郡」とある。
【注】応劭曰く、「隴坻有り、其の西に在り」。師古曰く、「隴坻は即ち隴阪にして、今の隴山なり。此の郡は隴山の西に在るが故に、隴西と名づく」。
『地理直音』に「漢の隴西郡は、今の鞏昌府なり。漢の天水郡は、今の鞏昌府の秦州なり」とある。
また『広韻』に「州名。漢の汧県、後魏東秦州を置き、改めて隴州と為す。山名に因りて名づく」とある。
『地理直音』に「隋の汧陽郡は、今の鳳翔府の隴州なり」とある。
按ずるに、今の陝西鞏昌府の清水県、平涼府の華亭県、鳳翔府の隴州には皆隴山有り、洮州衛に東隴山有り。
また『春秋・文公二年』に「垂隴に盟す」とある。
【注】鄭の地なり。滎陽の東に隴城有り。
また姓なり。
また『正韻』に「丘壟の壟も亦隴と作る」とある。
『列子・天瑞篇』に「之を隴端に逆ぐ」とある。
『前漢・劉向伝』に「皆丘隴(墳墓)無き所なり」とある。
また壟畝も亦隴と作る。
『史記・項羽本紀』に「隴畝の間より起る」とある。
また『荀子・議兵篇』に「案ずるに角鹿埵、隴種東籠して退くのみ」とある。
【注】隴種とは、喪魂落魄の様子にして、隴上に物を播種するが若し。或いは即ち「竜鐘」なりと言う。『新序』は「隴鐘」と作る。