康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 560 ページ)
【辰集中】【木部】櫟;康熙筆画:19;頁碼:560 頁上段第 30。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「即狄切、音は歷」とある。『説文』に「木なり」とあり、邢昺曰く「樗に似たる木なり」。『詩・秦風』に「山に苞櫟あり」と見え、『疏』に『爾雅』を引いて「櫟、その実を梂と謂ひ、橡なり」とす。陸璣の『疏』に「秦人は柞櫟を櫟と謂ひ、その子は房生して梂と為る。河内の人は木蓼を櫟と謂ひ、椒・榝の類なり。その子もまた房生す。この秦の詩は宜しく其の方土之言に従ひ、柞櫟是れなるべし」とあり。また「不材の木」なり。『荘子・人間世』に「匠石、櫟の社樹を見る。その大いさ牛を蔽ふ。観る者市の如し。匠石顧みず」とあり。また「火を生ぜざる木」なり。『淮南子・時則訓』に「十二月、その樹は櫟」とあり、高誘の註に「木は火を生ぜず、惟だ櫟のみ然り」とす。また地名なり。『春秋・桓公十五年』に「鄭伯突、櫟に入る」とあり。また鳥名なり。『山海経』に「天帝の山に鳥あり、黒文にして赤翁、名づけて櫟と曰ふ」とあり。また「擽」に通ず。『詩・周頌』に「鞉・磬・柷・圉」と見え、『疏』に「圉の状、伏虎の如く、背上に二十七の鉏鋙あり。木を刻して長さ一尺とし、之を櫟(なで)る」とす。また『唐韻』に「以灼切、音は鑰」とあり、「櫟陽」は県名にして、『前漢書・地理志』に左馮翊に属すと見える。また『集韻』に「式灼切、音は爍」とあり、地名にして晋に在り。また『集韻』に「歴各切、音は洛」とあり、『詩・秦風』に「山に苞櫟あり、隰に六駁あり」と見え、『唐韻』に「櫟・駁通じて叶ひ、二音なし」とす。また『唐韻』に「魯刀切、音は労」とあり、『史記・楚元王世家』に「詳らかに羹を為して釜を尽くく櫟(こす)る」と見え、『漢書』には「轑釜」と作る。考証:『詩・秦風』「山に苞櫟あり」の註に『爾雅』を引くとあるは、謹んで原文に照らし「註」を「疏」に改む。陸璣の『疏』に「河南の人、木蓼を櫟と謂ふ」「秦風の苞櫟は其の方土之言に従ひ柞櫟なり」とあるは、謹んで原文に照らし「南」を「内」に改め、「秦風以下」を「此の秦の詩は宜しく其の方土之言に従ひ、柞櫟是れなるべし」と改む。『淮南子・時則訓』の「官獄、その樹は櫟」なるは、謹んで原文の文義に照らし、「官獄」は「十二月」の三字なるべし。