壷

発音KO,TSUBO
画数11 画

基本情報

発音 KO,TSUBO
五行 0
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 11 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 243 ページ)
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【丑集上】【士字部】壷;康熙筆画:11;頁碼:243 頁 08 行 古文【広韻】戸呉切【集韻】【韻会】【正韻】洪孤切、音は胡。夏・殷の時代には尊彝と称し、周の制度では壷を用い、方形と円形の区別があった。【儀礼・燕礼】に「卿大夫は方壷を用いて正直方正の義を表し、士旅食は円壷を用いて命令に従うべきことを示す」とある。【左伝・昭公十五年】に「晋の荀躒が周に至り王后を葬り、喪服を脱いで文伯と宴飲し、魯の壷を酒樽とした」と見える。 また官名を指す。【周礼・夏官】に「挈壷氏は壷を提げて軍に取水を命じ、凡そ軍事においては壷を懸けて次第に集合させる」とある。 また【礼記・投壷注】に「諸侯・卿・大夫・士皆これを用いる」と見える。 また唾壷を指す。【晋書・王敦伝】に「王敦は酒後に常に魏武帝の楽府詩を吟詠し、如意をもって唾壷を撃ちて拍子を取った」とある。 また壺芦(瓜類)を指し、俗に葫と書く。【詩経・豳風】に「八月に壷を断つ」とあり、【鶡冠子・学問篇】に「一壷の価千金」と見える。 また地名を指す。壷関は上党にあり、古の黎侯国である。【前漢書・武五子伝】に「壷関の三老茂が上書す」と見える。 また壷頭を指し、崇陽県の北に在る。【後漢書・馬援伝】に「馬援は五渓蛮を征し、下巂に至り壷頭にて卒す」とあり、即ち此地なり。【礼記・檀弓】に「台駘に戦う」とあり、注に「台は壷と書くべし」とある。 また山名を指す。壷口山は河東猗氏に在り。【尚書・禹貢】に「既に壷口を載す」と見える。 また三壷を指す。【王子年・拾遺記】に「東海の中に三山あり、一は方壷にして方丈、二は蓬壷にして蓬莱、三は瀛壷にして瀛州なり」とある。 また姓を指す。晋の大夫の采邑にして、因而て姓となり、【統譜】に見える。 また壷丘は複姓なり。 また呼古切に叶い、音は虎。【宋玉・招魂】に「幸いに脱を得、其の外曠宇なり。赤蟻象の若く、玄蜂壷の若し」とある。 また羊洳切に叶い、音は預。【魏・邯鄲淳・投壷賦】に「敬は久しくすべからず、礼成りて乃ち大射を設け、然らずんば投壷す」とあり。【説文】に「昆吾は円器なり」と見え、【徐曰】に「昆吾は紂の臣にして瓦器を作れり」とある。

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