康熙字典解説
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【申集上】【艸部】華;康熙筆画:14;頁碼:1039 頁 14 行目 古文に【唐韻】は戸花切、【集韻】は胡瓜切とあり、音は「划」に似る。『尚書・舜典』に「重華協于帝」とあり、【伝】は「華」を文徳と解す。また『礼記・檀弓』に「華而睆」とあり、【疏】は凡そ絵画は五色必ず光彩あるがゆえに、「華」は絵画の意なりと解す。また『広韻』は草木の盛んなるを釈す。また粉を指す。曹植『洛神賦』に「鉛華弗御」とある。また髪の花白なるを指す。『後漢書・陳蕃伝』に「蹇諤之操、華首彌固」とある。また華林あり、園名なり。『魏志』に芳林園すなわち今の華林園なりと記す。また地名なり。『戦国策』に「趙王を華屋の下に説く」とある。『史記・秦本紀注』に華陽は地名なりとある。『呉志・孫皓伝』に「皓大衆を挙げて華里に出づ」とある。また『水経注』に「河水東南に華池を径る」と記す。また華表あり。『古今注』に堯が誹謗の木を立てたるは、すなわち今の華表なりと記す。また星名なり。『晋書・天文志』に大帝の九星を華蓋と称すと記す。また『韻会』に胡化切とあり、音は「話」に似る。『尚書・禹貢』に「太華に至る」とある。『爾雅・釈山』に華山は西岳なりと記す。また姓なり。『潜夫論』に華氏の子あり、姓なりと記す。『通志・氏族略』に宋の戴公の子、華に封ぜられ、ゆえに華を氏とすと記す。また司馬相如『上林賦』に「華楓枰櫨」とあり、【注】は華樹の皮は縄を作るに用うと解す。また『集韻』に呼瓜切とあり、音は「嘩」に似る。『礼記・曲礼』に「国君の為す者、之を華す」とあり、【注】は華とは中より裂くるにして四瓣に分つるにあらずと解す。『爾雅・釈木』に瓜を之を華すと称すと記す。また「花」と同じ。『爾雅・釈草』に「華、荂なり」と釈す。『揚子・方言』に斉楚の間には或いは華と称し、或いは荂と称すと記す。『佩觿集』に華は戸瓜・呼瓜の二読あり、俗体は別に花と作ると記す。また『韻補』に呼戈切と読む。辺譲『章華賦』に「体迅軽鴻、栄曜春華。進ずること浮雲の如く、退くこと激波の如し」と書く。また胡戈切と読む。徐鍇『説文繋伝』に華は本来音和なり、ゆえに今人華表を和表と称すと記す。棗据の詩に「矯足して雲閣に登り、相伴いて九華を歩む。徙倚して高山に凭り、仰いで桂樹の柯を攀ず」と書く。また『詩・本音』に「灼灼其華」とあり、【注】は音敷と読む。【考証】『詩経』中に「常棣之華」「顔如舜華」「維常之華」などは車韻に押す。「隰有荷華」は都韻に押す。「黍稷方華」は途韻に押す。合わせて七見、すべて敷と読む。また『唐韻古音』も敷と読む。郭璞曰く、江東は華を敷と読む。陸徳明曰く、古は華を読みて敷のごとし、独り江東のみにあらず。漢の光武帝曰く、官を作らんには執金吾となるべく、妻を娶らんには必ず陰麗華を娶るべし。また『韻会』に苦蛙切、『正韻』に枯瓜切とあり、音は「夸」に似る。義は正しからず。或いは「蕐」と作る。詳しくは""字の注に見ゆ。また「」と作る。考証:【礼・檀弓】「華而晥」。謹んで原文に従い「晥」を「睆」に改む。【詩・本音】「灼灼其華」。【注】音は敷と読む。【考証】『詩経』中に「棠棣之華」とある。謹んで原文に従い「棠」を「常」に改む。