康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 849 ページ)
【午集下】【禾部】秀;康煕筆画:7;頁碼:849 頁 03 行。【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】息救切、音は「繍」。栄える、茂る、美しい、禾が穂を出すことをいう。【詩・大雅】「実発し実秀す」。按ずるに『爾雅』の説くところによれば、禾の花を華と称し、草の花を栄と称し、花咲かずに実るものを秀と称し、花咲いて実らざるものを英と称す。漢代の学者はこの説に基づき『詩経』を解釈し、したがって秀を「花咲かずに実るもの」と解した。李巡いわく、これは名称の差異を明らかにするため、英と秀を対挙して文を成したものであり、実は黍も稷もみな先に花咲いて後に実るなり。『詩・出車篇』に「黍稷まさに花咲く」とあり、『生民篇』に「実発し実秀す」とある。これにより黍稷にも花ありてなお秀と称し得ることが知られる。この説甚だ是なり。『論語』に明らかに「秀せずんば実らず」とあり、秀と実とは自ずから混同すべからず。朱熹『論語』の秀を釈して「花を出す」とし、『生民』の秀を釈して「初めて穂を出す」とす。以て漢代学者の誤りを正すに足る。また凡そ草はみな秀というを得。【詩・豳風】「四月葽秀す」。【礼記・月令】「孟夏苦菜秀す」。また三秀は霊芝草を指す。【楚辞・九歌】「三秀を山間に采る」。また秀気。【礼記・礼運】「人は五行の秀気なり」。【周子・太極図説】「唯人この秀気を得て最も霊慧なり」。また秀士、秀才。【礼記・王制】「郷里に命じて秀士を評定せしめ、司徒に薦ぐるを選士と謂う」。【史記・賈誼伝】「呉廷尉河南太守となり、その秀才の名を聞き、門下に召す」。【韻会】秀才の称は此れより始まり、後漢の光武帝名を秀とすとて、改めて茂才と改む。また州名。漢代会稽郡に属し、五代後晋の時銭元瓘奏して秀州を置き、宋の慶元年間嘉兴府と改む。また姓。また繍に通ず。【石鼓文】「秀弓寺射」。【注】繍弓は戎弓なり。また叶して思久切、音又。【詩・大雅】「実発し実秀し、実堅く実好し」。「好」は叶して訐口切。