康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 220 ページ)
【丑集上】【囗部】図;康煕筆画:14;頁碼:220 頁 18 行
古文【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】同都切、音「徒」に同じ。【説文】に「計画し、謀ること難きをいう。形は囗・啚に従う。啚は難の意を含む」とあり。【徐鍇曰】「絵画は必ずまず規画を要するがゆえに囗に従う。啚は吝嗇・困難の意を表す」という。また【爾雅・釈詁】に「謀る」とあり。【書・太甲】に「慎んでその儉徳を保ち、遠慮ある謀を為せ」とあり。また【君牙】に「事の難きを慮り、其の易く行わるべきを謀れば、民乃ち安んず」とあり。また【周礼・秋官・大行人】に「春に朝して天子の事を図る」とあり。【註】に「王春に諸侯に接見すれば、即ち其の事の可否を図る」という。また「推量し、考慮する」をいう。【詩・小雅】に「かく追究しくかく考慮す、果たして然らんや」とあり。【論語】に「音楽を楽しむこと斯くに至るとは思いもよらざりき」とあり。また「対処し、処理する」をいう。【左伝・隠公元年】に「之をして滋長蔓延せしむるなかれ。蔓延せば則ち対処しがたし」とあり。また「計算し、筹划する」をいう。【周礼・秋官・小司寇】に「冬十月に司民を祀り、民数を王に奏す。王拝して受け、以て国用を筹划し、此に拠って政の進退を決す」とあり。また「河図」を指す。【易・繋辞】に「河は竜図を出し、洛は亀書を出す。聖人これに法る」とあり。【孔安国曰】「河図とは、伏羲氏の王たる時、竜馬河より出で、乃ち其の文理に拠りて八卦を描けり」という。【通鑑】に「漢の光武帝『河図会昌符』を読んで曰く、赤帝劉邦の九世孫泰山に封禅すべし」とあり。【春秋緯】に「河図凡そ九篇」とあり。また「版図・戸籍地図」を指す。【周礼・天官・宮正】に「名冊を作りてこれを管す」とあり。【釈文】に「版は戸籍名冊を指し、図は地図を指す」という。また【地官・大司徒】に「天下の土地の図籍に拠り、詳らかに九州の地域面積の大小を知る」とあり。また【夏官・職方氏】に「天下の図を掌り、以て天下の土地を掌る」とあり。【註】に「図は今の司空の郡国と地図を掌うるが如し」という。【史記・酇侯世家】に「沛公咸陽に至り、蕭何独り先に城に入り、秦の丞相・御史の律令・図書を収め、天下の関隘要塞・戸口の多少及び強弱の分布を悉く掌握せり」とあり。また「図讖」は吉凶を予言する書の類い。【後漢・光武紀】に「李通図讖を以て光武帝を勧む」とあり。【又】に「中元元年、図讖を天下に布告す」とあり。また「画像・図画」を指す。【周礼・秋官・司約】に「小なる契約の文は丹をもって图像ある器物に書す」とあり。【註】に「小なる契約は万民の約定なり。丹図とは图像を刻める簠・簋等の器皿を指す」という。【何晏・景福殿賦】に「図画は古事を描きて以て規誡と為す」とあり。【王延寿・魯霊光殿賦】に「天地万物を図画し、各類の生霊を区別す」とあり。また「浮図」は仏教を指す。また仏塔も亦浮図と称す。杜甫に高適と共に慈恩寺浮図に登るの詩あり。また【王君玉・国老談苑】に「李允則雄州を鎮守し、府庫の財を動員して仏塔を修建す。監察官員奏して弾劾するに、宋の真宗密かに使人して之を告ぐ。允則曰く、仏教に留心するにあらず、実に辺防の地に瞭望楼を修建するのみ」とあり。【韓愈・王仲舒墓誌】に「僧道を禁じ、境内に仏塔を建立することを許さず。彼等欺罔を以て利を求め、平民の財を掠奪するが故なり」とあり。また音「他魯切」に叶い、音「吐」に同じ。【詩・大雅】に「我揣度し考慮す、唯仲山甫のみ能く之を挙薦す」とあり。【易林】に「奴僕に算計せられ、衆人と伍を同じくす」とあり。