康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1354 ページ)
【戌集中】【阜字部】陶;康熙筆画:16;頁碼:1354 頁第 10 行
【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】徒刀切、音桃。
【爾雅・釈丘】再成を陶丘と曰う。【疏】丘の形、上に二つの丘相重なるなり。【書・禹貢】東に陶丘の北に出ず。【釈名】高山の上に一重一重積み重ね、陶竈のごとし。【説文】陶丘、済陰に在り。【戦国策】秦の客卿造、穰侯に説いて曰く、秦は陶の地を君に封ず。【注】今の定陶県なり。【前漢・地理志】済陰郡定陶県。【史記・越世家】范蠡、陶に止まる。【注】徐広曰く、今の定陶なり。正義曰く、括地志に曰く、陶山は済州平陰県の東三十五里に在り、彼はこの山の南に止まれり。
また【説文】陶丘に堯城あり、堯かつて居りし故、堯を陶唐氏と称す。【書・五子之歌】惟れ彼陶唐氏、有此冀州の方なり。
また県名。【漢書・地理志】魏郡館陶県、雲中郡陶林県、定襄郡安陶県、雁門郡陶県。
また【玉篇】陶甄(陶器を製作すること)。【広韻】尸子曰く、夏桀の臣昆吾、陶を作る。【汲塚周書】神農、瓦器を作る。【詩・大雅】陶復陶穴(土室と地穴を掘る)。
また陶正、官名。【左伝・襄二十五年】昔虞閼父、周の陶正となりき。
また【書・五子之歌】郁陶乎予心。【伝】郁陶とは、哀しみ思慕するを言う。
また【爾雅・釈詁】郁陶、喜びの意味なり。【礼・檀弓】人喜びて則ち郁陶し、郁陶して則ち歌詠し、歌詠して則ち舞う。【注】陶とは郁陶なり。【疏】郁陶とは、心初めて悦びて未だ全く暢ならざるを言う。
また【揚子・方言】陶、養うの意味なり。秦のある地これを陶と曰う。
また【後漢書・杜篤伝】粳稲陶遂す。【注】韓詩に曰く、陶とは暢茂の意味なり。
また【広韻】正なり、化なり。
また【揚雄・解嘲】後に陶塗す。【注】北方の国名、馬を出す、故に名づく。
また蒲陶、果名。【史記・大宛伝】蒲陶酒有り。【司馬相如・上林賦】桜桃蒲陶。
また姓。【左伝・定四年】殷民七族:陶氏、施氏、繁氏、锜氏、樊氏、飢氏、終葵氏。【広韻】陶唐氏の後、今丹陽に出ず。
また【玉篇】匋とも作る。【篇海】陶とも作る。
また【荀子・栄辱篇】陶誕突盗。【注】陶は当に檮杌の檮なるべし。頑嚚奸詐の貌なり。或る人は陶は逃に当り、真情を隠すの意味なりと曰う。
また【韻会】陶に通ず。【周礼・冬官考工記】韗人皋陶を作る。【注】皋陶は鼓の木枠なり。陶字は革に従う。
また【韻会】裪、陶に通ず。【左伝・襄三十年】これをして君の復陶たらしむ。【注】復陶は衣服を主管する官なり。
また【左伝・昭十二年】王皮冠を着け、秦の復陶を衣る。【注】秦の贈れる羽衣なり。
また【広韻】【集韻】【韻会】【正韻】余昭切、音揺。
【詩・王風】君子陶陶、左に翿を執り、右に我を招きて敖によりしむ。【伝】陶陶、和楽の貌なり。【釈文】陶、音遥。
また【礼・祭義】陶陶遂遂、将に復入せんとするがごとし。【注】陶陶遂遂、相随って行くの貌なり。【釈文】陶、音遥。
また【広韻】皋陶、舜の臣なり。咎繇とも作る。【篇海】本はと作る。
また【集韻】大到切、音導。
【詩・鄭風】清人軸に在り、駟介陶陶。左旋右抽、中軍好を作す。【伝】陶陶、駆馳の貌なり。【釈文】陶、徒報反。好、呼報反。
また【朱注】陶、葉音徒反。好、葉音許反。
また葉夷周切、音由。
【詩・魯頌】淑問皋陶のごとく、泮に在りて囚を献ず。【易林】茲基時を運び、稷契皋陶。貞良願を得、微子囚を解く。【杜篤・呉漢誄】堯稷契を隆じ、舜皋陶を嘉す。伊尹殷を佐け、呂尚周を翼く。
考証:【左伝・定二年】殷氏七族。謹んで原文に照らし、二年を四年に改め、殷氏を殷民に改む。【荀子・不茍篇】陶誕突盗。【注】陶は当に檮杌の檮なるべし。頑囂の貌なり。謹んで按ずるに、これは『荀子・栄辱篇』にして『不茍篇』に非ず。現に原書に依り、『不茍篇』を『栄辱篇』に改む。注の「頑囂の貌」は原文に依り「頑嚚の貌」に改む。