康熙字典解説
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【辰集上】【木部】楼;康熙筆画:15;頁碼:549 頁第 31 行。『唐韻』落侯切、『集韻』『韻会』郎侯切、『正韻』盧侯切、音は「婁」に同じ。『説文』に「重屋なり」とあり。『爾雅・釈宮』に「四方にして高きものを台とし、狭にして曲れるものを楼とする」とあり。『釈名』に「楼とは牖戸の間に射穴あるを謂い、孔多きを以て楼と名づく」とあり。また敵情を偵察する車を飛楼といい、楼車ともいう。『六韜・軍略篇』に「城中を観るに飛楼を用う」とあり。『左伝・宣公十五年』に「解揚楼車に登り、宋人に呼んで之に告ぐ」とあり。また岑楼とは、高く尖れる山嶺を指す。『孟子』に「方寸の木も之をして岑楼より高からしむべし」とあり。また譙楼とは城門上の物見櫓をいう。『前漢書・陳勝伝』に「譙門中に戦う」とあり。また戍楼ともいう。儲光羲『送別詩』に「寒雲戍楼を隠す」とあり。また楼蘭は古国名なり。『前漢書・昭帝紀』に見ゆ。また『爾雅・釈詁』に「楼、聚なり」とあり。また『爾雅・釈草』に「果臝の実を栝楼という」とあり。注に「斉人は之を天瓜と呼ぶ」とあり。また道家は両肩を玉楼と称す。蘇軾『雪詩』に「玉楼凍えて寒栗起つ」とあり。また姓なり。『姓苑』に「郡望は東陽に出づ。周、少康の後を封じて東楼公とし、子孫これにより楼を氏とす」とあり。また葉音凌如切、音は「閭」に同じ。『古辞・日出東南隅行』に「日出東南隅、我が秦氏の楼を照らす。秦氏に好女あり、自ら名づけて羅敷と曰う」とあり。また離楼とは衆木交錯する様を形容す。王延寿『魯霊光殿賦』に「嶔崟離楼」とあり。考証:『爾雅・釈草』に「栝楼、果臝の実なり」。注に「斉人これを木瓜と呼ぶ」とある。謹んで原文に照らし、「果臝の実栝楼」と改め、「木瓜」を「天瓜」と改む。