康熙字典解説
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【酉集中】【足部】蹇。康熙筆画 17、頁碼 1230 第 40。『唐韻』居偃切、『集韻』『韻会』紀偃切、音は犍。『説文』に「跛なり」とあり。『釈名』に「蹇とは跛蹇の謂い、病みて事に執り役につくべからざるなり」とある。『史記・晋世家』に「却克は僂たり、魯の使は蹇たり、衛の使は眇たり」と見え。『前漢・叙伝』に「駑蹇の乗」とあり。『荘子・達生篇』に「聾・盲・跛・蹇」と見える。また『易・蹇卦』に「蹇は難なり、険前に在り」とあり。また「王臣蹇蹇」とあり。『疏』に「蹇難を渉りて往き、蹇を済う、故に王臣蹇蹇と曰う」と解す。また『左伝・哀公六年』に「彼皆偃蹇にして、将に子の命を棄てんとす」とあり。『注』に「偃蹇は驕敖なり」とある。『屈原・離騒』に「瑶台の偃蹇たるを望む」とあり。『注』に「高き貌」と解す。また「何ぞ瓊佩の偃蹇たるや」とあり。『注』に「衆盛の貌」と解す。また『九歌』に「霊偃蹇として姣服す」とあり。『注』に「舞の貌」と解す。『補注』に「委曲の貌」とある。また『史記・司馬相如伝』に「蹇産溝瀆」とあり。『注』に「蹇産は屈折なり」と解す。また『管子・四時篇』に「華を蹇ぎ芋を絶つことなかれ」とあり。『注』に「蹇は抜くなり」と解す。また『屈原・離騒』に「蹇将に憺んとして寿宮に在らん」とあり。『注』に「蹇は詞なり」と解す。また『博雅』に「蹇は擾なり」とある。また姓なり。『左伝・僖公三十二年』に「穆公諸の蹇叔に訪う」とあり。『注』に「秦の大夫」とある。『屈原・離騒』に「吾蹇修をして理となさしむ」とあり。『注』に「蹇修は伏羲の臣なり」とある。また『広韻』九輦切、『集韻』『韻会』九件切、搴の上声。また『集韻』巨偃切、音は鍵。義同じ。また褰と同じ。『荘子・山木篇』に「裳を蹇ぎ躩歩す」とあり。『楚辞・九章』に「蹇裳を憚りて足を濡らす」とあり。『補注』に「蹇は褰に読むが若し」とある。また謇と同じ。『屈原・離騒』に「余固に謇謇の患為るを知る」とあり。『注』に「謇謇は忠貞の貌なり。『易』に曰く『王臣謇謇』」とある。『補注』に「今『易』は蹇蹇に作る。先儒経を引くること多く如此、蓋し古今の本異なるのみ」とある。『六書正訛』に「蹇は足に従い、寒の声省く。跛は正義にして、蹇難・蹇直の字に借りたり。別に謇を作すは非なり」とある。考証:『屈原・離騒』「瑶台の偃蹇兮」。謹んで原文に照らし、瑶の上に「望」の字を増す。