后

発音KOU GO,KIMI KISAKI
五行
吉凶
画数6 画

基本情報

発音 KOU GO,KIMI KISAKI
五行
吉凶
部首
簡体画数 6 画
繁体画数 6 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 176 ページ)
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【丑集上】【口部】后;康煕筆画:6;頁碼:176 頁 01 行 【唐韻】【集韻】【正韻】胡口切、【韻会】很口切、音は「后」。『説文解字』に「君を継ぐ者なり。人の形に象る。号令を発して四方に告ぐるが故に、一と口に従う」とあり、号令を発する者を君后という。『書経・仲虺の誥』に「予の後を俟つ」と見え、『易経・泰卦』に「后、以て天地を裁成し輔相す」、『礼記・檀弓』に「夏后氏は甓を焼きて以て棺を囲む」とある。【疏】に「夏は后と称す。『白虎通』にいわく、揖譲して先君より天下を受くるを以て后と名づく」という。 また『礼記・曲礼』に「天子に后あり」とあり、【疏】に「后は後なり。位は天子の後におり、また后嗣を広延せんがためなり」という。『白虎通』に「殷以前は皆妃と称し、周に至って始めて后を立つ。正嫡を王后と称し、秦漢は皇后と称す。漢は祖母を太皇太后と称し、母を皇太后と称す」とある。 また諸侯も亦た后と称す。『書経・舜典』に「群后に瑞を班つ」と見え、また古には君が臣を称して亦た后とす。『書経・舜典』に「汝、后稷、播時百穀」とあり、【疏】に「『国語』にいわく、稷は天官なり。単に稷と名づけ、これを尊んで君のごとくし、后稷と称す」という。 また『畢命』に「三后、同じく心を協う」とあり、【注】に「周公・君陳・畢公を謂う」という。また『書経・武成』に「皇天及び后土に告ぐ」とあり、【伝】に「后土は社神なり」という。『左伝・昭公二十九年』に「土正を后土と曰う」とあり、【注】に「土は万物の主たるが故に后と称す。祀るところは句龍にして、家に在っては中霤を祀り、野に在っては社を祀る」という。『正韻』に「后土はまた厚く物を載せるの義を取る」とある。 また姓なり。『史記・仲尼弟子伝』に「后処、字は子里」、『前漢書・儒林伝』に「后倉、字は近君」と見える。 また「後」に通ず。『礼記・曲礼』に「再拝稽首して後に對す」とある。 また【広韻】胡遘切、【集韻】下遘切、【韻会】【正韻】胡茂切、音は「」(欠字)。義同じ。 また葉音して后五切、音は「戸」。『蔡邕・胡黄二公頌』に「茲の漢室を保祐し、二后を生養す。一は胡公、一は黄公、功業並び駆く」、『陸雲・漢高盛徳頌』に「咸陽を克定し、既に秦后を獲たり。巍巍たる阿房、乃ち掃いて宸居と為す」とある。按ずるに、『詩』の本音によれば、『周頌』「宣哲維人、文武維后、燕及皇天、克昌厥后」の「后」「後」は皆「戸」に読むべし。後人誤って四十五厚韻に帰し、故に『唐韻正』において一一経書を引きて証す。然れども『玉篇』以後、「后」字の厚韻に帰するや久しく襲われて来たり、已むを得ず「后五切」を葉音と為すべし。

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