康熙字典解説
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【戌集上】【金字部】鍰;康煕筆画:17;頁碼:1315 頁 08 行。『唐韻』戸関切。『集韻』『韻会』『正韻』胡関切、音は還。『説文』に「锊なり」とあり。『玉篇』に「六両なり」とあり。『小爾雅』に「二十四銖を両と曰い、半ば有るを捷と曰い、捷を倍するを挙と曰い、挙を倍するを锊と曰う。これを鍰と謂う」とあり。宋咸の説に「挙は三両、鍰は六両」という。『書・呂刑』に「その罰百鍰」とあり。伝に「六両を鍰と曰う。鍰は黄鉄を指す」とある。『釈文』に「鍰、戸関反。即ち六両なり。鄭玄及び『爾雅』の説同じ」とあり。『説文』に「六锊を一鍰と為す。一锊は十一銖二十五分銖の十三に当る」とあり。馬融の説これと同じ。また賈逵の説に「俗儒は一锊の重さ六両と為す」とあり。『周官』に「剣の重さ九锊」と記す。俗儒の説これに近し。疏に『考工記』に「戈矛の重さ三锊」とあり。馬融の説に「锊は重量の単位なり。まさに『呂刑』の『鍰』と相同ずべし。俗儒は六両を一锊と為すといえども、其の出所知らず」という。鄭康成(鄭玄)の説に「鍰は軽重を称するの名なり。当今東莱の地の称法に、大半両をもって一鈞と為し、十鈞を一鍰と為す者あり。一鍰の重さ六又大半両なり。視るに鍰と锊とは似乎相同ず。あるいは通説に十鈞を一鍰と為し、二鍰四鈞一斤に相当すという者あり。かく算ずれば一鍰の重さ六又三分の二両なり。『周礼』は鍰を锊と称す。鄭康成の説に従えば、一鍰の重さ六両にして、孔安国・王粛の言うところより多きも、ただ十六銐の差あるのみ」。いわゆる黄鉄とは、即ち今の銅なり。互いに「锊」の字注に詳らかなり。また「環」に同じ。『前漢・五行志』に「宮門の銅鍰」とあり。注に「鍰、音環に同じ」という。また『集韻』に胡慣切、音患。また『五音集韻』に王眷切、音院。義同じ。また『韻補』に胡涓切に叶い、音懸。『蘇軾・月華寺詩』に「天公胡為不自憐、暮使百鎰朝千鍰」とあり。考証:『書・呂刑』に「その罰百鍰」とあり。『釈文』に「鍰、戸関反。六両なり。鄭及び『爾雅』同じ。『説文』に云く六锊なり。锊は十一銐二十五分銐の十三なり。馬曰く」とある。謹んで原文に照らし、「馬曰く」を「馬同じ」に改む。