康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1375 ページ)
【戌集中】【雨部】霍;康煕筆画:16;頁碼:1375 頁 17 行
【広韻】虚郭切。【集韻】【韻会】【正韻】忽郭切。音は霩。
【玉篇】揮霍。
【集韻】揮霍とは、猝遽(にわかにはやい)ことなり。
【陸機・文賦】紛紜として揮霍す。
【注】揮霍とは、疾き貌(かたち)なり。
【馬融・広成頌】徽嫿(きかく)霍奕(かくえき)たり。
また【荀子・議兵篇】霍焉(かくえん)として耳を離る。
【注】霍焉とは、猶お涣焉(かんえん)がごとし。
【司馬相如・大人賦】霍然(かくぜん)として雲消ゆ。
また【揚雄・甘泉賦】翕赫(きゅうかく)曶霍(ふつかく)たり。
【注】師古曰く、開合の貌なり。
【文選注】曶霍とは、疾き貌なり。
また【前漢書・厳助伝】夏月暑時、嘔泄霍乱の疾あり。
また【爾雅・釈山】大山宮(ぐう)、小山霍(かく)。
【注】宮とはこれを取り囲むを謂う。
【疏】小山中に在り、大山外に在り、これを取り囲む。山の形此のごとき者を霍と名づく。大山を宮と名け、小山を霍と名くるに非ず。
また山の名。
【爾雅・釈山】江南に衡あり。
【注】衡山、南岳なり。
【又】霍山をもって南岳と為す。
【注】即ち天柱山なり。
【疏】衡と霍とは、一山にして二名あるなり。本は衡山、一名霍山と曰う。漢の武帝岳神を天柱に移し、また天柱と名け、亦た霍と為す。故に漢以来、衡と霍と別れたり。
【注】即ち天柱山なり。此れ注を作る時に霍山を拠って言うなり。その経の霍山は、即ち江南の衡是れなり。按ずるに此の注に拠れば、霍山二つあり。南岳の衡山及び天柱山、皆霍山と名づく。『白虎通』に「南方を霍と為す。霍之言護なり。太陽用事して万物を護養するを言う」とあり。『風俗通義』に「衡山、一名霍山とは、万物盛んに長じ、枝を垂れ葉を布きて、霍然として大なるなり」とあり。
また『周礼』夏官職方氏に「河内を冀州と曰う。其の鎮山を霍山と曰う」とあり。『爾雅』釈地に「西方の美なる者、霍山の珠玉多きあり」とあり。『晋語』に「景霍をもって城と為す」とあり。注に「景は大なり。大霍は晋の山名なり」とあり。
また国名。
【書経・蔡仲之命伝】武王商を克(やぶ)り、弟の叔処を霍に封ず。
【左伝・閔公元年】霍を滅す。
【注】永安县に霍大山あり。霍国は姫姓なり。
また邑名。
【左伝・哀公四年】梁及び霍を襲う。
【注】梁の南に霍陽山あり、蛮子の邑なり。
【公羊伝・僖公二十一年】霍に会す。
また姓。
【広韻】武王の弟霍叔の後なり。
また藿に通ず。
【前漢書・鮑宣伝】漿酒霍肉(しょうしゅかくにく)。
【注】劉徳曰く、肉を視ること藿のごとしと。師古曰く、霍は豆菜なり、貧人これを食らうと。
また【玉篇】鳥飛びて急疾なる貌。
また【集韻】歴各切、音は洛。草の名。
【爾雅・釈草】枹霍首(ほうかくしゅ)。
また【集韻】曷各切、音は鶴。義同じ。或いは藿と作る。隺に通ず。
また上声、音は瑣。霍人は地名なり。
【史記・周勃世家】下りて霍人を降す。
【注】正義曰く、霍は音瑣、また蘇寡反なり。師古曰く、山寡反なり。