顿

発音dùn
五行
吉凶
画数13 画

基本情報

発音 dùn
五行
吉凶
部首
簡体画数 10 画
繁体画数 13 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1401 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1401 ページ)
【戌集下】【頁部】頓;康熙筆画 13;頁 1401。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「都困切」、敦の去声に読む。『説文』に「頭を低る」とあり。『周礼・春官・大祝』に「九拝を弁じ、二曰く頓首」とあり。〔註〕頓首とは、額を地につけて叩くことなり。また『博雅』に「頓、倒れる」とあり。また『揚子・方言』に「頓愍は昏乱なり。江湘の間これを頓愍と曰ふ。南楚において毒薬を服して胸悶するもまた頓愍と曰ひ、中斉の眩暈と謂ふがごとし」とあり。また『増韻』に「貯うること、宿食の所」とあり。『隋書・煬帝紀』に「至る処ごとに多く宿食の所を設く」とあり。また『増韻』に「次数の義」、また「一食を指す」とあり。『世説新語』に「襄陽の人羅友、かつて人の祭祀の際に乞食せんとて往き、あまりに早かりしかば、主人これ何ぞ此に在ると問ふ。答えて曰く、君の祭祀すと聞き、一飯を乞わんと欲す」とあり。『杜甫詩』に「頓ごとに黄魚を食らう」とあり。また「陡頓」は忽然の義なり。『列子・天瑞篇』に「元気は頓じて尽きず、形は頓じて虧かず」とあり。また「損壊の義」なり。『左伝・襄四年』に「兵は頓せず」とあり。〔註〕頓は壊るるなり。正義に曰く、頓は挫傷折壊を指す。今俗に委頓と云うはこれなり。また「止むの義」なり。『史記・王翦伝』に「三日三夜頓せず」とあり。また「捨つるの義」なり。『曹植・七啓』に「網を頓じ、綱を縦す」とあり。〔註〕頓は捨つ、縦は緩むるなり。また地名なり。『詩・衛風』に「子を淇に送り、頓丘に至る」とあり。〔伝〕一重の丘を頓丘と曰う。『前漢・地理志』に「頓丘県、東郡に属す」。〔師古註〕丘をもって県を名づく。一重の丘を頓丘と曰うは、一度にして成るを言うなり。また国名なり。『春秋・僖公二十五年』に「楚人陳を囲み、頓子を頓に納る」とあり。『前漢・地理志』に「南頓県、汝南郡に属す」。〔註〕故の頓子国なり。頓国は陳に逼られ、後に南に移りたるがゆえに南頓と称す。また姓なり。『魏志・華陀伝』に「頓子献なる者あり」とあり。また『集韻』に「徒困切」、『正韻』に「杜困切」、鈍の音に読む。『集韻』に「利あらざるの義」とあり。『前漢・賈誼伝』に「芒刃頓せず」とあり。〔註〕頓は鈍と読む。また『韻会』『正韻』に「当没切」、咄の音に読む。『前漢・匈奴伝』に「単于の太子を冒頓と曰う」とあり。〔註〕冒は墨と読み、頓は毒と読む。考証:『釈名』に「頓、倒れる」とあるは、謹んで按ずるにこの語は『博雅』に出づ。今『釈名』を改めて『博雅』とす。『曹植・七啓』の「頓綱縦綱」は、謹んで原文に照らし「頓綱」を「頓網」に改む。『春秋・僖公二十五年』の「楚子陳を囲み、頓子を頓に納る」は、謹んで経文に拠り「楚子」を「楚人」に改む。

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