康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 224 ページ)
【戌集中】【阜字部】阪;康熙筆画 12;頁 224
『唐韻』『集韻』『韻会』甫遠切、音は反。
『説文』坡なるを阪と曰う。一に云く沢障なり。一に云く山脇なり。
『玉篇』険なり。
『広韻』大陂にして平ならざるなり。
『詩・小雅』彼れの阪田を瞻(み)よ。
『箋』阪田とは、崎嶇硗確の処なり。
『礼記・月令』丘陵・阪険・原隰を善く相(み)よ。
『戦国策』外阪遷延す。
『注』阪は坡なり。
『史記・范睢伝』右は隴蜀、左は関阪。
按ずるに、『鄭風』に「東門之墠、茹藘阪に在り。其の室則ち邇し、其の人甚だ遠し」とあり。阪・遠の二字、『広韻』に倶に阮韻に在り。朱子の注に「阪は孚臠切に叶う」とあり。『字彙』『正字通』も之に従い、「又音顕」と云う。
又地名なり。
『尚書・立政』夷・微・盧・烝・三亳・阪尹。
『左伝・昭公二十三年』単子は阪道より従い、劉子は尹道より尹を伐つ。按ずるに、『尚書』の伝は阪地の尹長と訓ずれども、『左伝』に「阪道・尹道」と云えるは、明らかに二つの地名なるが故に、当に左氏に従うべし。
又『釈文』に『詩』『礼』の阪字は、倶に反・昄の二音を兼ね、惟『尚書』の阪尹のみ専ら反の音とすと。
又『広韻』に坂と同じ。
『集韻』に亦岅と同じ。詳らかに阪・坂の二字の注を見よ。
又反と同じ。
『荀子・成相篇』阪は先聖を為す。
『注』阪は反と同じ。先聖の所為を反ず。
又『玉篇』に歩坂切、『集韻』に部版切、音は魬。
『集韻』陂なり。
又『集韻』に蒲限切、音は版。阪泉は地名なり。
『左伝・僖公二十五年』黄帝と阪泉に戦うの兆に遇う。
又平声に叶う。
『王褒・関山篇』軍に従い隴阪を出でて、馬を駆り関山を渡る。
考証:『尚書・立政』夷・微・盧・烝・三毫・阪尹。謹んで原文に照らし、三毫を三亳に改む。