基本情報
発音
SAN SEN,KAKEHASHI TANA
五行
木
吉凶
なし
命名の意味
康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 533 ページ)
【辰集中】【木部】棧;康熙筆画:12;頁碼:533 頁下段 24 行。『広韻』『集韻』『韻会』仕限切、『正韻』徂限切、輚の上声。『説文』に「棚なり」とあり。『広韻』に「閣なり」とある。『前漢・張良伝』に「漢王に説きて棧道を焼き絶たしむ」と見え、崔浩曰く、「険絶の処、旁ら山巌を鑿ち、版梁を施して閣と為すなり」。また『説文』に「竹木の車を棧と曰う」とあり。『周礼・春官・巾車』に「士は棧車に乗り、革も鞔せずして之を漆す」とあり。『冬官考工記』に「輿人車を為す、棧車は弇なるを欲し、飾車は侈なるを欲す」とあり。また『詩・小雅』に「棧なる車有り、彼の周道を行く」とあり。疏に「棧は車の状にして、乗ずべき棧車に非ず。庶人は役車に乗る」という。また柩車も亦た棧と謂う。『儀礼・既夕』に「賓幣を棧に奠す」とあり。また姓なり。『魏書』に任城の棧潜と見える。また『集韻』に士免切、音は俴、義同じ。また『広韻』『集韻』『韻会』に士諫切、『正韻』に助諫切、輚の去声。木の棧道なり。また木を編みて棧と曰う。『公羊伝・哀四年』に「勝国の社、其上を奄い其の下を棧す」とあり。伝に「本は柴と作す」といい、『周礼・喪祝』の鄭註に引いて棧と作る。また馬棧も亦た木を編みて之を為す。『管子・小問篇』に「夷吾嘗て圉人と為り、馬棧に傅する甚だ難し」とあり。『荘子・馬蹄篇』に「之を皁棧に編ず」とあり。また棧齴、高峻の貌なり。『張衡・西京賦』に「棧齴巉嶮」とあり。また棧香あり。『南方草木状』に「蜜香樹、其の幹を棧香と為す」とあり。また木名なり。『爾雅・釈木』に「棧木、干木なり」とあり。註に「橿木なり、江東は木觡と呼ぶ」とあり。疏に「一名干木」という。また『集韻』『韻会』『正韻』に阻限切、音は琖。『爾雅・釈楽』に「大鐘を鏞と謂い、小なる者を棧と謂う」とあり。また『韻会』に「小橋を棧と曰う」とあり。また『集韻』『類篇』に鋤臻切、音は榛。衆盛の貌なり。『前漢・息夫躬伝』に「叢棘棧棧」とあり。考証:『周礼・冬官考工記』に「輿人車を為す、棧車は其の弇なるを欲し、飾車は其の侈なるを欲す」とあり。註に「革も鞔せずして之を漆するを棧車と曰う」とあるが、これは『春官・巾車』の註にして『輿人』の註に非ず。今謹んで原文に照らし、『周礼・春官・巾車』「士は棧車に乗り、革も鞔せずして之を漆す」、および『冬官考工記』「輿人車を為す、棧車は弇なるを欲し、飾車は侈なるを欲す」と改む。『爾雅・釈木』に「棧木、于木なり」とあるは、原文に照らし「于」を「干」に改め、註に「橿、江東は木觡と呼ぶ」とあるには「橿」の下に「木也」の二字を増し、疏の「棧木、一名于木」なるは「棧木」の二字を省き、「于」の字を「干」の字に改む。『爾雅・釈楽』に「小鐘を棧と謂う」とあるは、原文に照らし「小鐘」を「小者」に改む。『前漢・芸文志』に「叢棘棧棧」とあるは、此の語は『芸文志』に出でず、原書に照らし『息夫躬伝』に改む。