圉

発音GYO GO,HITOYA UMAKAI
五行
画数11 画

基本情報

発音 GYO GO,HITOYA UMAKAI
五行
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 11 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 219 ページ)
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【丑集上】【囗部】圉;康熙画数 11;頁碼 219 第 11。【唐韻】魚巨切、【集韻】偶挙切、【韻会】魚許切、【正韻】偶許切、音「語」に同じ。【説文解字】には本字を「𡇏」とす。圉人は馬を掌る者なり。【周礼・夏官・校人】に「乗馬、一師四圉」とあり。注に曰く、馬四匹を一乗とし、馬を養う者を圉と称す。一乗の馬は四人の圉人に分けて飼育させ、一人の圉師これをつかさどる。また【圉師】は圉人に馬の飼い方を教導することを掌る。また【圉人】は馬を飼い、草を与え、放牧する等の事務を担当し、圉師の使役に従う。注に曰く、役とは圉師に使役されるを指す。また【爾雅・釈詁】に曰く、辺境の義なり。注に曰く、外囲を守りて辺境を衛るなり。【詩経・大雅】に「余艱難多く遭ひ、辺境の勢甚だ急なり」。【左伝・隠公十一年】に「亦た姑く以て我が辺境を固くす」。また【僖公二十八年】に「行かざる者あれば、誰か牧地の辺境を捍衛せん」。また月の名なり。【爾雅・釈天】に「月在丁なるを圉と曰ふ」。また【孟子】に「初め之を放つや、局促として安からざる様」。注に曰く、圉圉とは困頓して舒展せざる様なり。また姓なり。【左伝・哀公十六年】に「楚の圉公陽、宮牆に穴を穿ちて楚王を負ひ、昭夫人の宮に至る」。また圉門あり、周王城の城門なり。【国語・周語】に「王、圉門より入る」。また圉陽あり、地名なり。【左伝・昭公二十四年】に「楚王、水軍を以て呉の辺境を侵し、圉陽に至りて還る」。また朱圉あり、山名なり。【尚書・禹貢】に「西傾山、朱圉山」。【前漢書・地理志注】に「山は冀県の南、梧中の聚に在り」。また邑名なり。【後漢書・郡国志】に「圉は豫州陳留郡に属す」。また洛陽に圉郷あり。また「圄」と同じ。詳しくは前に「圄」の字の注に見ゆ。また「敔」と通ず。楽器の一なり。【詩経・周頌】に「磬、柷、圉」。【尚書・益稷】には「柷、敔」と作る。また【諡法】に「威徳剛武を圉と曰ふ」。また【正韻】に魚拠切、音「御」に同じ。防ぐ、抵禦するの義なり。【荘子・繕性篇】に「其の至るや防ぐべからず」。注に曰く、「御」と同じ。【管子・大匡篇】に「吾ら三面にして之を囲む、焉んぞ能く吾らを阻まん」。また【前漢書・賈誼伝序】に「障蔽を設け立て、以て強き辺境を衛る。呉・楚連合せるも、賈誼の謀慮に頼れり」。考証:【左伝・哀公十六年】「楚の圉公陽、宮牆に穴を穿ちて楚王を負ひ、以て昭夫人の宮に入る」。謹んで按ずるに、原文の「入」は「如」に改むべし。【管子・大匡篇】「吾参圉之」。謹んで按ずるに、原文の「圉」は「囲」に改むべし。

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