阏

発音yān,ě
五行
画数16 画

基本情報

発音 yān,ě
五行
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 16 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1337 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1337 ページ)
【戌集上】【門部】閼;康熙筆画 16;頁 1337。『唐韻』烏割切。『集韻』『韻会』『正韻』阿葛切。音は遏。『説文』に「遮壅なり」とあり。『広韻』に「止む、塞ぐ」とある。『前漢・景十三王伝』に「今臣雍阏して聞くを得ず」と見え、注に「阏は烏曷の反。止むなり」とある。『楚辞・九思』に「志阏絶して安んぞ如くせんや」とあり、注に「志望既に訖り、之く所を知らず」とある。『列子・楊朱篇』に管夷吾曰く、「肆するのみ、壅うこと勿れ、阏すること勿れ」と。蔡邕『樊恵渠歌』に「我に長流あり、或いは之を阏する莫し」とあり、『釈文』に音は遏とす。また『爾雅・釈天』に「太歳甲に在るを阏逢と曰い、太歳卯に在るを単阏と曰う」とあり、『釈文』に阏は烏割切とす。『淮南子・天文訓』に「寅は甲に在るを阏蓬と曰う」とあり、注に「万物鋒芒出でんと欲し、擁遏して未だ通ぜざるを言う。故に阏蓬と曰う」とある。また星名。『前漢・律暦志』に「大火は阏伯の星なり」とある。また城名。『史記・秦本紀』に「趙の阏与を攻む」とあり、注に「儀州和順県、即ち古の阏与の城なり」とある。『郡県志』に「阏与は磁州武安県に在り。今は彰徳府に属す」とある。また『後漢書・郡国志』に「上党涅県に阏与の聚あり」とある。また人名。『左伝・襄公九年』に「陶唐氏の火正阏伯商丘に居す」とあり、また『隠公十一年』に「公孫阏、潁考叔と車を争う」とあり、注に「公孫阏は鄭の大夫なり」とある。『釈文』に于葛の反とす。『前漢・景帝紀』に「阏を临江王と為す」とあり、注に「阏は一曷の反」とある。また『広韻』『集韻』『韻会』『正韻』に于歇切、音は謁。義同じ。また『集韻』に或いは堨と作る。堨の字の注に詳し。また『五音集韻』に依倨切、音は饫。「阏与」は容暇の貌なり。『前漢・揚雄伝』に「窮宂阏与」とあり、注に晋灼曰く「阏与は容貌なり」、師古曰く「阏与は容暇の貌なり」とある。また『広韻』に烏前切、『集韻』に因蓮切、音は煙。「閼氏」は単于の適妻なり。『前漢・韓王信伝』に「乃ち人を遣わして厚く閼氏に遺る」とあり、注に「閼は于連の反」とある。『史記・匈奴伝』に「後に愛する閼氏有り」とあり、『索隠』の注に「閼氏は匈奴の皇后の号なり」とある。習鑿歯の燕王に与うる書に曰く、「山下に紅藍有り。北方の人其の花を採りて緋黄に染め、其の花上の鮮嫩なる部分を捋り取って臙脂と為す。婦人採りて顔色に用ゆ。此れ由りて妻子を閼氏と称す」と。また『史記・暦書』に「年名を焉逢とす」とあり、注に「甲は歳の雄なり。『漢書』は阏逢と作る。阏も亦た焉と音す」とある。また『広韻』に于乾切、『集韻』に尤虔切、音は焉。義同じ。

💡 康熙字典現代語版

扫码使用更多功能

康熙字典小程序

康熙字典小程序