襄

発音JOU SHOU,NOBORU AGERU TAKAI
五行
吉凶
画数17 画

基本情報

発音 JOU SHOU,NOBORU AGERU TAKAI
五行
吉凶
部首
簡体画数 17 画
繁体画数 17 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1123 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1123 ページ)
【申集下】【衣部】襄;康熙筆画:17;頁碼:1123 頁第 31 行。古文。【唐韻】【正韻】息良切、【集韻】【韻会】思将切、音は湘。【説文】漢の令に「衣を解いて耕すを襄と謂う」とあり。また「上る」の義。【書・堯典】「山を懐き陵を襄く」。【注】山を包み陵を上るなり。また【皋陶謨】「思曰く、賛々として襄えんかな」。【疏】上古の行事を賛奏して之を言うを謂うなり。また「除く」の義。【詩・鄘風】「牆に茨有り、襄ぐべからず」。また「成す」の義。【左伝・定公十五年】「定公を葬る、雨降りて事に克く襄ぐこと能わず、礼なり」。また「駕す」の義。【詩・鄭風】「両服上襄」。【注】上駕、馬の最も良き者なり。また【小雅】「跂彼织女、終日七襄」。【箋】駕とは其の肆を更むるを謂う。旦より暮に至る七辰、辰ごとに一移するを七襄と謂う。また【史記・諡法解】「地を辟き徳有るを襄と曰い、甲冑に労有るを襄と曰う」。また地名。【史記・高祖功臣侯表】に襄平あり。【索隠】臨淮に属す。【後漢書・郡国志】に上党郡襄垣あり。また【広韻】州名、本は楚の西津、魏に襄阳郡を置き、西魏に改めて襄州と為す、水に因りて名を立つ。【韻会】宋に襄阳府に昇る。また姓。【後漢書・襄楷伝注】『風俗通』に曰く、「襄姓は楚の大夫襄老の後なり」。【説文】に「作」とあり。また「」とある。

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