康熙字典解説
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【辰集下】【毋字部】毋;康熙筆画:4;頁碼:588 頁上段 23。『唐韻』武扶切、『集韻』『韻会』『正韻』微夫切、音は無。『説文』に「これを止む」とあり。その字は女に従い、内に一画ありて姦の形に象る。これを禁止して姦しからしめざるなり。『礼記・曲礼』に「敬せざることなかれ」とあり。注に「毋はこれを止むるの辞なり。古人云く、毋は今人の莫と言うがごとし」とす。また『儀礼・士相見礼』に「面より上にすることなかれ、帯より下にすることなかれ」とあり。鄭玄の注に「古文には毋を無と為す」とす。賈公彦の疏に「今これに従わざるは、『説文』に毋は禁辞なりと云うがゆえに、有無の無には従わざるなり」とす。また「将毋」「毋乃」はいずれも発問の辞にして、無に通ず。『韓詩外伝』に「周公に謁する客ありて曰く、『入らんや将毋』。公曰く、『請う入られよ』。『坐せんや将毋』。公曰く、『請う坐されよ』。『言わんや将毋』。公唯唯たり」とあり。また姓なり。『広韻』に「毋丘あるいは氏を毋と為す」とす。また漢に復姓八氏あり。『漢書・貨殖伝』に毋塩氏あり、巨富にして、斉の毋塩邑大夫の後なり。漢に執金吾東海の毋将隆、将作大匠の毋丘興あり。『風俗通』に楽安の毋車伯奇ありて下邳相となり、主簿の歩邵南あり。時に人称して「毋車府君・歩主簿」という。『何氏姓苑』に毋終氏ありとし、『左伝』に魯の大夫兹毋還、晋の大夫綦毋張あり。『漢書』に巨毋覇あり、王莽これを改めて巨毋氏とす。また寧毋は地名なり。『穀梁伝』に寧毋と作る。毋の音は無。また茂后反。『公羊伝』に音同じ。また『集韻』『韻会』に迷浮切、音は謀なり。毋追は夏后氏の緇布冠の名なり。『礼記・郊特牲』に「毋追は夏后氏の道なり」とす。また『集韻』に罔甫切、音は武なり。鹉と同じ。鸚鵡は鳥名なり。あるいは武に従い、また省いて毋と作る。父母の母とは異なる。考証:『漢書・食貨伝』は原書に照らして『貨殖伝』に改む。