基本情報
五行
金
吉凶
吉
繁体字:嵗,歲
異体字:亗,歳
命名の意味
康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 577 ページ)
【辰集下】【止部】歳;康熙画数 13、頁 577。古文に亗と作る。『唐韻』相鋭切、『集韻』須鋭切、音は帨(せつ)。『釈名』に「歳は越なり、故の限を越ゆるなり」。『白虎通』に「歳とは遂なり」。『易・繋辞』に「寒暑相推いて歳成る」。『書・洪範』に「五紀、一に歳と曰う」。伝に「以て四時を紀する所なり」。又、「王省惟歳」。伝に「王の省みる職、兼ねて群吏を総ぶること、歳の四時を兼ねるが如し」。又、星名。『爾雅・釈天』に「唐虞は載と曰ひ、夏は歳と曰ひ、商は祀と曰ひ、周は年と曰ふ」。郭注に「歳は、歳星の一行を取るなり」。疏に「按ずるに『律暦志』、二十八宿を分って十二次とし、歳星十二歳にして天を一周す、是れ年に一次を行うなり」。『周礼・春官』に「馮相氏、十有二歳を掌る」。又、「保章氏、十有二歳の相を以て、天下の妖祥を観る」。疏に「此の太歳地に在り、天上の歳星と相应じて行ず。歳星天に右行し、一歳に一辰を移し、十二歳一小周し、一千七百二十八年一大周す。太歳地に左行し、一に歳星と共に辰を跳ぶ、年数同じ。歳星は陽にして人の見る所、太歳は陰にして人の睹ざる所、故に歳星を挙げて太歳を表す。歳星と日と次を同じくする月、一年之中惟だ一辰の上に在るを法とす。若し元年甲子朔旦冬至、日月五星倶に牽牛の初めに赴かば、是れ歳星と日と次を同じくする月なり。十一月斗子を建つ、子に太歳有り、後年に至れば、歳星子上に移り、十二月日月枵に会す。十二月斗丑を建つ、丑に太歳有り。此れより已後を推すも皆然り」。又、歳星木東方に会し、青龍の象為り、天の貴神・福德の星なり、在る所の国必ず昌んず。又『史記・天官書』に「歳星、一に摂提と曰ひ、重華と曰ひ、応星と曰ひ、紀星と曰ふ。営室は清廟なり、歳星の廟なり」。『孝経・鉤命決』に「歳星心を守るれば年穀豊かなり」。『左伝・昭公三十二年』に史墨曰く「越歳を得て呉之を伐つ、必ず其の凶を受く」。又『岳珂・桯史』に「今星家は太歳を以て凶星と為す」。『王充・論衡』に「太歳に抵くも凶、太歳を負うも凶なり。太歳に抵くを歳下と名づけ、太歳を負うを歳破と名づく」。又、年穀の成るを歳と曰う。『左伝・哀公十六年』に「国人君を望むこと、歳を望むが如し」。杜注に「歳は年穀なり」。『前漢・武帝詔』に「歳事の為に曲げて礼を加う」。又、周制に歳計・歳会有り。『周礼・春官』に「職歳」。注に「歳計を主る者」。又、「歳終なれば、則ち百官に令して各々其の治を正しくし、其の会を受く。三歳なれば則ち群吏の治を大計して、之を誅賞す」。又、「司会は参互を以て日成を考へ、月要を以て月成を考へ、歳会を以て歳成を考ふ」。又『史記・天官書』に「臘の明日を初歳と曰ふ」。『四民月令』にも亦小歳と曰ふ。又、歳始を献歳と曰ふ。『楚辞・招魂』に「献歳春を発す」。注に「献は進なり。歳始めて来り進む、春気奮揚なり」。又『東京夢華録』に「除夕の夜、士庶の家炉を囲みて団坐し、旦に達して寐ず、之を守歳と謂ふ」。又『風土記』に「除夜に先を祭り、事竣れば、長幼聚飲して祝頌して散ず、之を分歳と謂ふ」。又『蘇軾・饋歳詩序』に「蜀中歳晩に値り閒遺す、之を饋歳と謂ふ。酒食を相邀して別歳と為す」。又、万歳は山名。桂陽に在り。『水経注』に「万歳山霊寿の木を生じ、渓下即ち千秋の水なり。水の側の居民万歳村と号す」。又、水名。『伏琛・三斉略記』に「曲城・斉城の東に万歳水有り、水の北に万歳亭有り」。又、湖名。『広輿記』に「万歳湖、建昌府南豊県に在り」。又、宮名。『三輔黄図』に「汾陽に万歳宮有り」。又、木名。『爾雅・釈木疏』に「杻一名檍、今宮園に之を種え、万歳木と名づく、取名亿万に於けるなり」。又『集韻』相絶切、音雪。義歱と同じ。『曹植・平原公主誄』に「城闕の詩、日を以て歳に喩ふ。況んや我が愛子、神光長く滅す。歳亦雪と読む」。又『集韻』蘇臥切、音䐝。䐝歳は穀名。『説文』に「歩より戌声に従う。律暦書五行を五歩と名づく」。一説に「歩に従う者は、躔度の行、推歩す可きなり。戌に従う者は、木星の精、亥に生じ、亥より戌に至って天を周る。戌と歳亦声を諧す。別に嵗・歳と作るは非なり」。考証:『周礼・春官』馮相氏の疏に「十有二歳。小周、千七百二十八年は大周」。謹んで原文に照らし「為」の字を「一」の字に改む。「三歳なれば則ち群吏の属を大計して、之を誅賞す」。謹んで『周礼』原文に照らし「属」を「治」に改む。