随

発音ZUI SUI,SHITAGAU
五行
吉凶
画数21 画

基本情報

発音 ZUI SUI,SHITAGAU
五行
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 21 画
繁体字
異体字

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1361 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 1361 ページ)
【戌集中】【阜部】随。康煕筆画:21。頁 1361。古文に「遀」または「追」と作る。『広韻』『集韻』『韻会』に「旬為切」、音「隋」に同じと注す。『広韻』に従う・順うと釈す。『書・禹貢』に「山に隨って木を刊りて表とす」とあり。『易・象』に「風風に隨う。君子以って教を申め事を施す」という。『詩・大雅』に「詭隨を縦くことなかれ」の句あり。伝に「詭は人の変ずるを指し、隨は人の盲従附和を指す」と釈す。また『周易』の卦名なり。また『易・咸卦』に「股に感じて、執りて趾に隨えば吝あり」という。注に「隨、ここには趾を指す」とあり。疏に「腓動けば脚これに隨う。故に脚を隨と称す」という。また『艮卦』に「腓を止めて、その隨たる趾を止むることなし」という。また『儀礼・郷射礼』に「中に弓を容るるの間、距と隨と各々一武」とあり。注に「距と隨とは横画の象なり。前脚先に東頭に至るを距と曰い、後脚跟り来てこれに会い南に向かうを隨と曰う」という。また地名なり。『左伝・隠公五年』に「翼侯隨に奔る」とあり。注に「隨は晋の地」という。また国名なり。漢代に県を置く。『左伝・桓公六年』に「楚武王隨を侵す」とあり。注に「隨国、即ち今義陽の隨県なり」という。『前漢書・地理志』に「南陽郡に隨県あり」とあり。注に「旧厲国なり」という。『韻会』に「晋代隨郡を置き、北斉これを変じて隨州とす」という。『正韻』にもまた「隋」と作る。詳しくは前出の「隋」字の注を見るべし。また西隨あり、県名なり。『前漢書・地理志』に「牂牁郡に西隨県あり」という。また沙隨あり、地名なり。『春秋・成公十六年』に「沙隨に会す」とあり。注に「宋の地なり。梁国寧陵県の北に沙隨亭あり」という。また姓なり。『風俗通』に「隨侯の後裔なり。漢に博士隨何あり」という。『史記・匈奴伝』に「詔して太医令隨但を逮捕す」とあり。『前漢書・芸文志』に『隨巣子』六篇ありと記す。注に「墨翟の弟子なり」という。また『正韻』に「遺」とも作る。『詩・小雅』に「下遺することを肯ぜず」の句あり。箋に「遺、音隨に同じ」という。疏に「他人に隨い、人を先にして己を後にするは、謙恭待人の意なり」という。また『集韻』に古く「追」と通ずという。『屈原・離騒』に「縄墨に背きて曲に追う」という句あり。注に「追、隨に通ず」という。また『唐韻正』に古音「旬禾反」と読むという。『論語』に「季隨・季騧」と見え。楊慎曰く、「大理董難かつて宋人の小説を見て、周に八士の賢者あり、この八人を名づけて四組の押韻を成せり。季隨・季騧、『隨』は『旬禾反』、『騧』は『烏戈反』にて一組の韻なり」という。『老子・道徳経』に「音声相和し、前後相隨う」という。『管子・白心篇』に「人唱えずんば応ぜず、天始めざれば隨わず」という。『易林』に「宮商既に諧し、声互いに隨う」という。馬融『広成頌』に「魴・鱮・鱏・鯿、鰋・鯉・鱨・魦、我が純徳を悦び、騰躍して相隨う」という。顧炎武曰く、「『隨』字は『素問・天元紀大論』の『迎を知り隨を知れば、気期すべし』より始めて韻に入る」という。また『史記・天官書』に「前に斗口に正対する三星を列ね、隨星北端に在り、形尖る」とあり。注に索隠曰く、「隨、音他果反」という。また「椭」と通ず。『淮南子・斉俗訓』に「盤の水を以て顔を照らせば円く、杯の水を以て顔を照らせば椭なるは、顔の形異ならざるも、あるいは円くあるいは椭なる所以は、以て照らす所の器異なるがゆえなり」という。呂大臨曰く、「隨はまさに椭と読むべきなり。円くして長きを指す」という。『正字通』に俗体「随」と作るという。

康熙字典現代語版

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