康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 352 ページ)
【寅集下】【広部】廬;康煕筆画:19;頁碼:352 頁 05 行
【唐韻】は「力居切」、【集韻】【韻会】【正韻】は「凌如切」で、音は「閭」に同じ。
【説文解字】に「寄居する所」とあり、秋冬には去り、春夏に住むと解す。
【詩経・小雅】に「中田に廬有り」と見え、【鄭玄箋】に「中田とは田の中央なり。農夫ここに廬を構えて耕作に便とする」とある。
また【玉篇】に「房屋・居舎」と解す。
【集韻】に「粗末なる家屋の総称」という。
【易経・剥卦】に「小人廬を剥ぐ」という語あり。
【左伝・襄公二十三年】に「則ち先君の弊廬なお存す。敢えて君の屈辱を煩わしむべからず」と記す。
また旅舎を指す。
【周礼・地官】に「十里ごとに廬を設け、飲食を給す」とあり、【注】に「廬は今野外の駅亭のごとく、行人の暫く憩う所なり」という。
また宿直・守衛の舎を指す。
【漢書・金日磾伝】に「小疾により廬に臥す」と見え、【注】に「殿中において宿直し息する所を廬という」とある。
【班固・西都賦】に「周廬千列」とあり、【注】に「宿直の舎を廬という」という。
また諸侯国の名を指す。
【国語・周語】に「廬は荊媯による」と見え、【注】に「廬は媯姓の諸侯国なり。荊媯とは廬国の女子が楚の夫人となったをいう」とある。
また城邑の名を指す。
【国語・楚語】に「王をして廬に至らしむ」と見え、【注】に「廬は楚の一城邑なり」という。
また州の名を指す。
【隋書・地理志】に「廬江郡、開皇初年に廬州と改む」と記す。
また山の名を指す。
【廬山記】に「周の威王の時、匡俗という廬君あり。ゆえに山その名号を以て名づく」とある。
また【正韻】に「龍都切」で、音は「盧」に同じ。
【周礼・冬官考工記】に「秦に廬無し」と見え、【注】に「ここにおける『廬』は『纑』と読み、矛・戟などの兵柄に竹を纏わして握る部分を指す。あるいは兵器を磨く器具とする説もあり」とある。
また「籚」に通ず。
【集韻】に「『籚』字は時に『廬』とも書く」と記す。
考証:【漢書・金日磾伝】「小疾により廬に臥す」の【注】、元は「殿中所正曰廬」と作る。今謹んで原書に拠り、「所正」を「所止」に改正す。