康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 292 ページ)
【寅集上】【宀部】寛;康煕筆画:15;頁 292。古文は「完」。『唐韻』に苦官切、『集韻』『韻会』『正韻』に枯官切、平声。『説文』に「屋の広大なるなり。宀に従ひ苋声。苋は桓の音、今文は省みて寛と作る」とあり、一説に舒缓(ゆるやか)なりとす。『広韻』に愛惜・豊足、また舒展(のびのびとする)なりとす。『易・乾卦』に「寛厚の心を以て自ら処す」。『詩・衛風』に「寛宏にして従容たり」。注に「寛は宏大にして寛裕なり」とあり。また『書・舜典』に「恭しく五教を布くこと寛厚に在り」とあり。また『増韻』に「厳ならず」とあり。『書・大禹謨』に「臣を治むるには簡く、民を撫づるには寛くすべし」とあり。また『君陳』に「寛にして法度有り、従容にして和す」とあり。『左伝・昭公二十年』に子産が子大叔に謂ひて曰く、「惟だ徳有る者のみ能く寛を以て民を服せしむ。其の次は厳に如かず」と。又た「寛を以て厳を輔け、厳を以て寛を輔くれば、政是によりて和す」という。また寛緩(ゆるやか)なり。『史記・韓非列伝』に「緩なれば則ち名を重んずる者を寵し、急なれば則ち甲冑を着くる士を用ゆ」とあり。また寛恕(ゆるす)なり。『史記・廉頗列伝』に「この鄙賤の者、将軍の我を此くまで寛恕せんとは思い及ばざりき」とあり。また姓なり。また駆円切に叶ひ、音圏なり。『詩・衛風』に「澗に木屋を築き、賢人の心胸広く多し」。下に「諼」に叶ふ。また巨員切に叶ひ、音権なり。『韓愈・閔己賦』に「昔顔回ほぼ聖賢に至り、困苦の中にもなお平和にして寛宏なり。これ本より哲人の小事なるも、孔夫子その賢を嘆じ給ふ」とあり。