閎

発音KOU OU
五行
画数12 画

基本情報

発音 KOU OU
五行
吉凶
部首
簡体画数 12 画
繁体画数 12 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1331 ページ)
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【戌集上】【門部】閎;康熙筆画:12;頁碼:1331 頁下段 15 行。【唐韻】戸萌切【集韻】乎萌切【韻会】乎盲切【正韻】胡盲切、音宏。【説文】巷門なり。門に従ひ、厷は意を兼ねて声なり。【爾雅・釈宮】衖門を閎と謂ふ。【註】閎は巷口の大門なり。【左伝・成公十七年】輦に乗じて入りて閎を干す。【註】巷門なり。又【襄公三十一年】其の閈閎を高うす。【註】閎、門なり。又【昭公二十年】華斉をして公孟を御し、宗魯を驂乗せしめ、閎中に及ぶ。【註】閎、曲がりたる門道の裏面なり。また天門を指す。【前漢・揚雄伝】九閎を騰ぐ。【註】九閎、九重天の門なり。又【広韻】門扇の旁らに用ゐて之を固定する長き木橛なり。【爾雅・釈宮】扉を止むる所以を閎と謂ふ。【註】閎は長き木樁にして、即ち門橛なり。又【左伝・襄公三十一年・閈閎釈文】また説く、門扇を卡する所を閎と曰ふ。又【広韻】姓なり。【書・君奭】閎夭のごとき者あり。【伝】閎氏は周の文王の弟なり。また人名なり。【史記・暦書】落下閎、算運して暦を転ず。【註】姚氏按ずるに『益都耆旧伝』に、閎は字を長公とし、天文に通じ、落下に隠居すと。又【集韻】呼宏切、音訇。閎廓、深遠の義なり。また中間寛敞なるを閎と曰ふ。【礼・月令】其の器圜にして閎なり。【註】閎は読み紘のごとし。紘は中間寛敞なるを説き、土地の万物を包容するを象るなり。【韓愈・進学解】内容寛広にして、文筆奔放なり。また空曠を指す。【荘子・知北遊】空曠広大之境に彷徨す、大智の人其の中に入るも、其の尽きを知らず。【註】閎は即ち空曠広大の義なり。また敦厚美好を指す。【揚子・太経】大圏閎閎たり。【註】閎閎、敦厚美好の義なり。又【集韻】別に広く大なるを解す。【楚辞・九歌】山嶺峻しく辺際なし、ここに層々高大にして我が身に逼る。【註】曾は重畳なり。閎は広大なり。又【集韻】胡肱切、音弘。義同じ。

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