康熙字典解説
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【亥集下】【黄字部】黄;康熙筆画:12;頁碼:1516 頁 03 行
古文。【唐韻】乎光切。【集韻】【韻会】【正韻】胡光切。音は皇。【説文】土地の色。【玉篇】中央の色。【易・坤卦】「黄裳元吉」。象に曰く、「黄裳元吉」は文の中に在るが故なり。【文言】君子は黄中通理す。又【史記・天官書】日月五星の行う所を黄道と曰う。又山名。【前漢・東方朔伝】北は池陽に至り、西は黄山に至る。又黄河。【爾雅・釈水】河は崑崙虚に出で、其の色白し。受けるところの小川一千七百ありて、一に合して色黄となる。又地名。【春秋・哀公十四年】公会晋侯・呉子于黄池。【注】陳留郡封丘県の南に黄亭あり。又国名。【左伝・桓公八年】楚子、諸侯を沈鹿に会す。黄・随二国与会せず。【注】黄国、今の弋陽県に在り。又州名。古の邾国、漢の西陵県なり。隋、黄州を置く。又県名。【前漢・地理志】黄県は東莱郡に属し、内黄県は魏郡に属し、外黄県は留郡に属す。【注】県中に黄溝沢あるを以て黄県と名づく。師古曰く、恵公、宋軍を黄に敗れしむ。杜預以为らく、外黄県の東に黄城あり、即ち是れなり。又中黄は天子の内庫なり。【後漢・桓帝紀】建和元年、霊芝黄蔵府に生ず。又官名。【杜氏通典】乗黄令は晋の官にして、帝の乗る金根車を掌る。【又】晋より後、給事黄門侍郎・散騎常侍は皆門下省に属し、合わせて黄散と称す。又老人を黄髪と曰う。【礼記・曲礼】君子、車に乗って黄髪に遇えば、式に俯して敬す。【疏】人の老いる初めは髪白く、甚だ老いれば則ち髪黄ず。【爾雅・釈詁】黄髪・齯歯・鮐背・耈老、皆寿なり。【疏】是れ寿者の通称なり。又小児を黄口と曰う。【淮南子・汜論訓】古、他国を伐つに、黄口を殺さず。【高誘注】黄口は幼子を指す。【唐開元志】凡そ男女生まれて直ぐなるを黄と曰い、四歳を小と曰い、十六歳を丁と曰い、六十歳を老と曰う。毎年計帳を作り、三年毎に戸籍を作る。即ち今の黄冊なり。又翠黄・飛黄は馬の名なり。【淮南子・覧冥訓】青竜駕を進め、飛黄服す。【詩・魯頌】有駜有黄。【注】黄赤の馬を黄と曰う。又鵹黄は鳥の名なり。【爾雅・釈鳥・倉庚注】即ち鵹黄鳥なり。又黄目は卣・罍の類の酒器なり。【礼記・郊特牲】黄目は鬱鬯を盛る最も尊き器なり。黄は中央を表し、目は気清明なるを表す。又大黄は弩の名なり。【太公・六韜】堅陣を陥れ強敵を破るには大黄連弩を用う。【史記・李広伝】大黄弩を以て敵の裨将を射る。又大黄・地黄・硫黄・雄黄・雌黄は皆薬名なり。又流黄は彩絹なり。【古詩】少婦流黄を織る。【広雅】留黄に作る。又会稽の帝に進ずる簟も亦流黄と曰う。【唐詩】珍簟涼風著、瑶琴寄恨生、嵇君懶書札、底物贈秋興、流黄紋あり。又【正字通】貼黄は古の引黄なり。唐の制、詔勅に改むべき所あれば、紙を以て黄を貼りて之を註す。表章の前封に事の要を略挙するものを引黄と曰う。後世引黄を貼黄と称すれども、黄紙を用いず。又倉黄は匆遽失措の貌なり。【風土記】大雪南越を覆い、犬皆倉皇として吠え噛む。又【玉篇】馬の病める時の毛色。【爾雅・釈詁】虺隤は疲極して病むる状なり。【注】本是人の病むるの通称なるも、説く者之を馬病と為す。【詩・周南】我馬虺隤す。考証:【前漢・東方朔伝】「北至河陽」、謹んで原文に照らせば「河陽」は「池陽」に改むべし。【礼記・曲礼】「君子敬黄髪」、謹んで原文に照らせば「敬黄髪」は「式黄髪」に改むべし。【淮南子・覧冥訓】「青竜迎駕」、謹んで原文に照らせば「迎駕」は「進駕」に改むべし。