【亥集中】【魚部】鰥;康煕筆画:21;頁 1475 古文。【唐韻】古頑切、【集韻】【韻会】姑頑切、【正韻】姑還切、音は關。【説文】に「魚なり」とあり。【詩・斉風】に「其の魚は魴と鰥」と見え、伝に「大魚なり」と注す。【孔叢子・抗志篇】に「衛の人、河に釣して鰥魚を得たり。其の大いさ車に盈つ。子思問ひて曰く、如何にして之を得たるや。対へて曰く、吾れ一魴の餌を垂るるに、鰥過ぎても視ず。更に豚の半を以てすれば、則ち呑めり」とある。又【書・堯典】に「下に鰥あり、虞舜と曰ふ」と見え、伝に「妻なきを鰥と曰ふ」と注す。【礼記・王制】に「老いて妻なきを鰥と曰ふ」とあり。【釈名】に「鰥とは昆なり。昆とは明なり。愁悒して寐ず、目常に鰥鰥然たり。故に其の字は魚に従ふ。魚の目は常に閉ざされざる者なればなり」と説く。【白虎通】に「鰥の言は鰥鰥として親むべき所なし。寡とは少なきを謂ふ」とあり。又【集韻】に公渾切、音は昆。鯤と同じ。【爾雅・釈魚疏】に「鰥は魚の子なり。鰥と鯤は字異なれども、蓋し古字通用せるなり」と注す。又瘝と同じ。【爾雅・釈詁】に「鰥、病なり」とあり、鄭樵の註に「鰥は即ち瘝なり」と説く。又【広韻】【集韻】に古幻切、音は慣。視る貌。或いは

と作る。又真韻に叶す。【楚辞・天問】に「舜家に閔みて在り、父何ぞ以て鰥なるや。堯姚に合せず、二女何ぞ親むべきや」と見える。