康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 869 ページ)
【午集下】【穴部】竇;康煕筆画:20;頁碼:869 頁上段 18 行。『広韻』田侯切、『集韻』『韻会』『正韻』大透切、音は豆。『説文』に「空なり」とあり。『礼記・月令』に「竇窖を穿つ」とあり。注に「地に入り隋なるを竇と曰う」とあり。また垣を鑿って孔を為すを竇と曰う。『左伝・襄公十年』に王叔の宰が「蓽門圭竇の人」と曰う。注に「竇は壁を穿って小戸を為す」とあり。また穴なり。『礼記・礼運』に「礼義は人情に順うの大竇なり」とあり。注に「竇は孔穴なり」とあり。また水道なり。『左伝・襄公二十六年』に「斉の烏餘我がを襲う。高魚に大雨あり、其の竇より入る」とあり。注に「雨故に水竇開く」とあり。また決するなり。『周語』に「澤を竇せず」とあり。注に「竇は決するなり」とあり。また地名なり。『左伝・荘公九年』に「子糾を生竇に殺す」とあり。注に「生竇は魯の地なり」とあり。『北史・魏本紀』に「泰常七年、雲中より西幸して屋竇城に至る」とあり。『水経注』に「漢武帝微行して柏谷に至り、竇門にて辱しめられる。また其の妻の深識あるに感じ、河津令を賜いて饋す。其れ渡しを鬻ぐ。今これを竇津と謂う」とあり。また姓なり。『風俗通』に「夏后相、有窮氏の難に遭い、后緡方に姙みて竇より逃れて出でて少康を生む。其の後氏と為す」とあり。漢に魏其侯竇嬰あり。また窬に通ず。『礼記・儒行』に「蓽門圭窬」とあり。『釈文』に「音は竇」とあり。また『集韻』徒谷切、『正韻』杜谷切。瀆に通ず。『周礼』の注に「西竇五嶽」とあり。